プライドにかけて/駅/のっぽ

和田町は特別不便ではない。かといって便利なわけでもないのがミソだ。例えば和田町にある本屋さんだ。一応ある。品揃えは「ありそうでない」というのが印象だ。かゆいところに手が届かない本屋さんだ。まず店が狭い。入り口から3メートルのところに店主の座るレジがあるから、本を選んでいるときも常に視線を感じてしまう。客も少ないから、店内は貸し切り状態。ちょっとだけ本屋をのぞいてみるみたいなことができず、手ぶらで帰れる雰囲気ではない。だからうちの本棚には対して興味のない漫画が2冊並んでいる。

 

やっぱり買い物は横浜に限る。中途半端な空気が流れる和田町商店街をすたこらと抜け、和田町駅で電車を待つ。ホームに掲げられた丸時計は17時10分を示している。4限終りの大学生もすっかりいなくなり、ホームはがらんとして寂しげだ。時計の長針が3を示すのと同時に向うから電車が走ってきた。窓から見える車内は、和田町のホームと相反して混み合っていた。かろうじて長椅子の端から2番目の席が空いていたのを見つけると、扉が開くと同時にそこに滑り込んだ。右隣では恰幅のいいサラリーマンが本を読んでいる。席を分断するように縦に伸びた鉄の棒を挟んで左側には同年代と思われる女子大生が座っている。女子大生の耳にはイヤホン、意識はスマホに集中しているようで僕が隣に座ったことにも気がついてはいなそうだ。

 

車内を何となしに見回しているうちに電車は星川に着こうとしていた。ホームへ入り、電車のエンジン音が小さくなっていくのに反比例して、社内は降り支度を始める人で騒がしくなっていく。右隣のサラリーマンも読んでいた本をかばんにしまい込み、ドアが開くのをうずうずと待っている。

 

「星川~、星川~」

 

ドアが開き人が降りていくと車内の見通しが良くなり、空席も目立つようになった。右隣の席も空席のままだ。星川を出て30秒ほど、奇妙な異変に気付いた。何やら左の女子大生がえらくチラチラと僕のことを見てくる。さっきまでは存在にも気づいていないようだったのに、急にこっちを見てくるとは何かあったのだろうか。チャックは開いていないし、髪にゴミもついていない。何事かと左を見てみると、納得した。

 

星川までは埋まっていた彼女の左の座席が空席になっていた。つまりこの視線は「お前が右に詰めれば左右が開くんだから、早く右に詰めろよ」という無言の圧力だった。

 

しかし、僕は屈しない。どうせ次の天王町で人がたくさん乗ってくるに違いない。時計は17時25分を回ろうかというところだった。ホワイトな企業なら終業時間だ。僕が右に詰めたところで次の駅で人が乗ってきたら無意味だろう。だから僕は左から送られてくる視線に抗い続けた。もしも次の天王町で誰も隣に座らなかったなら、僕の負けだ。天応町についてから右隣にずれることは僕のプライドが許さない。これは左の女子大生と僕とのプライドをかけた勝負だった。その間も左からの視線と圧力は増していた。「早く…早く…」祈りとは裏腹に遠い天王町。ついには視界の端に貧乏ゆすりまで飛び込んできた。

 

「天王町~、天王町~」

 

駅のホームが見えてきた。瞬間、僕は勝利を確信した。扉が開くと同時になだれ込んでくる黒いスーツ。埋まる席。貧乏ゆすりをやめる女子大生。

 

勝った!勝った
僕はすぐにでも左の女子大生がどんな顔をしているのか見てやりたかった。
しかしまずは我慢…!!
自らの余裕を見せつけなくてはいけない。

 

と思った瞬間、女子大生が急に席を立った。
「ありがとうねぇ」女子大生にお礼を言う声が聞こえる。
隣に座るお婆ちゃん。不敵な笑みを浮かべる女子大生。
僕は敗北を悟った。

 

「いえいえ、席を譲るのは当然ですよっ!!」

0 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 5 (0 投票, 平均点: 0.00,  総合点:0  |  
投票する為にはユーザ登録する必要があります。
Loading...

「プライドにかけて/駅/のっぽ」への1件のフィードバック

  1. 女子大生ウザいなと感じた。日常の面白い出来事を、創作かそうでないかはわからないけど、見つけるのが上手だと思う。ただ、書き方でもっと面白くできそう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。