待ち合わせは早めに/駅/ノルニル

デートの鉄則で「待ち合わせは早めに」というけど、まさか野郎に待たされることになるなんて思わなかった。
そんなだから派遣社員にしかなれないんだよ、と心の中で悪態をつく。
ほとんど初対面の相手なのに、そこまで蔑むことのできる自分に驚いた。
このままこの用事が長引けば、後に控えている先輩との用事に遅刻するかもしれない。痺れを切らし、ケータイを取り出してLINEでコールした。
気の抜けるようなコール音が10回ほど鳴ったころ、ようやく通話がつながった。

休日の新横浜駅。改札前の広場はスーツケースを持った人たちでごった返している。
ケータイを耳に当てたまま顔を上げ、目を皿にして改札口から出てくる人の顔を洗う。しばらくの間そうしているうちに、ようやく相手を視認した。
「ああ、見つけました」通話を切り、右手を軽く上げる。こちらから寄っていくことはせず、ただ腕を組んで相手を待つ。
ここまで待たされたんだ。僕が相手より上ってことを分からせてやらなきゃいけない。

「・・・よく、ゲームとかされるんですか?」
きっかけは横浜駅のブックオフだった。友人と遊ぶニンテンドウ64のカセットをひとり探していたところ、メガネをかけた線の細い男性に突然話しかけられた。
何故こんなところで、とギョッとしたし、典型的なオタク顔だったので少し引いてしまう。ところが何を思ったかその時の僕は、気づいたら「ええ、まあ……」と答えていた。
こちらが無視しなかったことが嬉しかったのか、男性はレトロゲームやそれにまつわる戦国武将、さらには聞いてもいないのに身の上話を語り始めた。ブックオフで。

相槌をうって話を聞いているうちに、僕の心に変化が生まれてきていた。
どうやら引きこもりの時期を経ていまは派遣か契約社員?として働いているらしいが、社会人ともなれば趣味の合う友人もきっと見つけづらいだろう。
そんな中、同じくゲームに興味を持っている学生に出会って、勇気を振り絞って声をかけてみたのかもしれない。
男性の境遇を思うと、LINEの連絡先を交換しないかという申し出を断る気にはなれなかった。
いま思えば、その時の僕を支配していたのは優しさでも同情心でもなく、オタクとつきあって「やっている」偽善と優越感だったのだろう。
しかし残念ながら、僕はまだそれに気づけなかった。そして改めて会う約束をしてしまい、今に至る。

散々待たせた相手に連れていかれた場所は、駅前のファーストキッチンだった。
男性は僕が会計するのをただボーっと見て、それから自らの会計を済ませた。
前々から期待してたわけじゃないけど、「待たせたからにはファストフードぐらい奢れよ!社会人だろ!」と思ってしまった。
まあ、そういうところもオタゆえの経験不足……と思うことにして、席についた。
先日戦国時代の城址を訪れた、という話を相手から聞いた後は会話も途切れがちになり、気まずい雰囲気が流れはじめた。
そんな中、男性は「あの、これからもう一人来るんですがいいですか?」と聞いてきた。

警戒心がないわけじゃなかった。それでも、この気まずい状況を打破できるならと僕は快諾した。
いちおう立ち去りにくい状況にならないように通路側に座り直し、奥側の席は荷物を置くことでわざと開けて。
チキンサンドとポテトを食べ終わり、オレンジジュースを啜りだしたころに、そのオッサンはやってきた。
見たところ男性よりも10歳から20歳ほど上で、年の離れた友人である二人になにか違和感を覚えた。
挨拶もそこそこに済ませ、男性との繋がりを聞いてみた。どうやら二人は仕事で知り合い、模型という共通の趣味で友人になったらしい。
肝心の会話は、相手が2人に増えたというのにイマイチ盛り上がらなかった。オッサンの横柄な態度も閉口ものだった。
僕がそろそろ帰る時間を切り出そうかな、と思い始めたあたりで、オッサンは懐からおもむろに何かを取り出し、広げた。

最初、それがなんなのか、わからなかった。理解できなかった。理解したくなかった。
どうやらそれは新聞だった。野郎ばかりがスタジアムに集っている写真が目を引く。
「集会を成功させよう!」「師のありがたい法話」紙面を飾る文句に、まだ3月も1日だというのに、シャツの内側を冷や汗が滑り落ちた。
恐る恐る、新聞名を見てみる。やはりというか、宗教新聞だった。

そこからどうやって応対したか、よく覚えていない。
とにかく、努めて冷徹な声で「『そういうの』にはまったく興味がないこと」「もう次の待ち合わせの時間が来るので去らなければいけないこと」を主張し、転がり出るように店を出た。
外はどしゃぶりの雨だったが、なんだって構わなかった。全力で横浜線のホームまで逃げ、約束の時間には早かったが先輩と待ち合わせしている桜木町へと向かった。逃げ帰る途中、LINEのブロック機能をスパムアカウント以外に対して初めて使った。
助かった、という実感が湧いてきたのは横浜駅まで戻ってきたころだった。もしあの時、通路側の席を塞がれていたら……とゾッとする。

それから半年。僕はまだひとりではブックオフとファーストキッチンに行けないでいる。

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「待ち合わせは早めに/駅/ノルニル」への2件のフィードバック

  1. 読んでいて主人公の性格が大していいわけではなく、契約社員を甘く見ていたり、新興宗教拒否の姿勢があったりとするので、文章として批判される部分も多いだろうな、というのが率直な感想だった。しかしだからこそ、あまり良くない内面が書かれていて、怖いもの見たさの感情で読み進めたくなる、というものだった。
    綺麗事を抜きにすれば自分より下の地位の人を、その地位によって馬鹿にしてしまう時はあるし、新興宗教にはそれだけで拒否感を持ってしまうしで、大いに理解できる。共感もしてしまう。
    起承転結に関しては私もよくわからないけれど、転で終わってしまっている印象?を受けた。

  2. すべらない話がすべるためには、最初に読者が「大体こうなるんでしょ」と予想していた期待を裏切る「え? うそでしょ!」という展開が必要なのだと思う。そうなると、今回のパターンは多少予測がついてしまうネタだったなという印象。
    滑るかどうかはともかく起承転結のきいたオチのある話にするのであれば、このオッサンの正体がもっとファンタジーだったというような、ショートショート風のフィクションにするという手がひとつあったのでは。もしくは、このエピソードを恐怖体験として語るブログのエッセイ風の軽い文章だったらこのオチでももって行けた気がする。

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