しあわせ回数券/駅/ケチャねえ

一度外へ出て歩けば肩と肩とがぶつかりあい、謝ることもせず行き交う人々。そんなスクランブル交差点を過ぎて、満員の電車に乗るためにホームへと足を運ぶ。ふと、前に一枚の紙きれが落ちていることに気がついた。誰かの定期券だろうか。ひろってみる。【しあわせ回数券】と書かれていた。誰かが遊びで作ったものにしては、3、2,1と切り取り線で切れる仕様になっているので、本格的である。駅の落とし物コーナーに届けようかとも一瞬迷ったがサラリーマンにこんなものを真剣な顔で渡されても、後で駅員の中で笑い話になるだけだろうと思い、カバンの中にしまった。
「ただいま。」玄関に着いて、今日の夕飯を頭の中で当てる。
(今日はハンバーグかな。)
「おかえりなさい。」妻美紀子の顔を見て微笑み、先ほど一人で予想したハンバーグが当たったことに喜びを覚える。仕事で疲れて帰ってきても夕飯が出来ていて、洗濯物も掃除も終わっている。とても裕福とは言えないがそれなりにしあわせな生活である。
朝の六時、寝ている妻に心の中で(行ってきます。)とつぶやき、今日も今日とて仕事へ向かう。仕事場ではいつも通り与えられたタスクをこなしていく。だが、今日は運が悪かった。上司に残業を課されたのだ!ふと拾った回数券を思い出す。社内には自分ひとり。3の数が記された券を一枚切り取って
「残業をすべて片づけてくれ。」とお願いした。

目の前に起こっていることは真実なのか。あっという間に山のように積み重ねられていた仕事が一気に終わっているではないか。これはいい、子供の時に読んだ童話のようなことが現実で起こっているのだ。鼻歌を歌いながら家へと帰る。帰る足取りも不思議と軽快になってゆく。家に入った。
(今日はシチューだ。)今日も当たり。美紀子に今日起こったことを話したくてたまらなかった。というより反応を見たかったといったほうが正しいのだろう。

実はね・・・。

美紀子は予想通り疑いの目を向けて笑っていた。そんな反応が僕の心を掻き立てた。二つ目の願いは目に見えるもので彼女を驚かせたかった。2枚目の紙をとって、
「二人の住む家を大きくしてください。」次の瞬間見る見るうちに大きくなって真ん中に僕と美紀子が立っていた。笑いながら美紀子は聞いた
「しあわせになれた?」
「うん、まあね。」

このことは僕と美紀子の秘密だな。そう思いながらベッドの上で横になっていた。思えば、365日仕事漬けの毎日だった。残り一枚の紙を切り取って、
「幸せなところで笑って暮らしたい。」
でも、何も起きなかった。具体的さに欠けたのかと考えながらその日は寝た。次の日枕元に一枚の手紙が置かれていた。
【大井町駅3番ホーム下り列車に乗れ。】大井町駅はいつも利用している。いつものように仕事道具を持って大井町駅に向かう。3番ホーム。いつも通り多くの人であふれかえっていたが、そのまま来た列車に乗り込む。
 僕が目を開けたとき、列車の中には誰もいなくて、一歩外へ出ると目の前にはサーカスのような催しが行われていた。そこにいる人々は喧嘩もしないし戦争もない。毎日お酒と食べきれない程の食べ物を食べて、劇を見て過ごす。まるでユートピアだった。お金なんてない。本当に楽しくて幸せだった。妻の存在を忘れるほどに。
 
そろそろ帰るというと町のみんなは泣いて送ってくれた。戻り方は簡単だった。こんな夢のような毎日だったから、人間の世界でまた仕事も頑張れそうだった。やっと着いた、元の世界に。
 
 家に帰る。違和感を覚える。町の風景も道もあの時とは違う。玄関を開ける。なんのにおいもしない。妻を探すけれどどこにもいない。いや、いた。端っこで体育すわりをして、痩せこけ、老いた妻が。
 
 「しあわせになれた?」
 
 幸せに笑っている人の裏では苦しんでいる人が必ずいるのかもね。
この世界みたいに。

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「しあわせ回数券/駅/ケチャねえ」への2件のフィードバック

  1. 浦島太郎と三枚のお札を思い出しました。人間って怖いなあと薄っすら思いながら、しかしサラリーマンにしては欲望に対して素直すぎやしないかとちょっぴり疑問が残ります。まあそういう純粋な人間が残っているには良いことだと思いますが。
    お話の内容でちょっと理解が追いつかなかったのは、なぜ妻が「しあわせになれた?」と聞くのか、というのと、妻のために残り二回しかない切符の一枚を使ったのにあっさり妻を忘れていたのか、です。この主人公の男性にとって妻という存在がどういうものだったのか、あとは忘れるまでの心境の変化が書いてあれば「人間怖えーっ!!」となれるかなあと思いました。
    それからオチのある話という前提を突き通すなら、最後の一文は蛇足かなあと思います。解釈を与えるくらいなら、文脈でそれを読み取れるような伏線を張ったほうがスッキリ落ちるんじゃないかなあ、と。

  2. 「しあわせ回数券」という響きが可愛くて、教訓(?)もあって、童話のようだなと思った。しかし、それにしては世界観が中途半端な気がする(サラリーマンの日常がベースになっているところ、ユートピアに大井町駅から行くところなど)。
    なぜ毎日特に意味もなく夕飯を当てるのかとか、ユートピアから戻った世界はどうして不幸になっていたのかとか、単純な疑問点も残った。

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