アイツのために/駅/Gioru

ようやく平日が終わる。
電車の中で、ほっと息をはき、前かがみになっていた姿勢を正す。今日という日は特別な日だ。次の日が休みなのは言うまでもない。

待ちに待ったゲームの発売日であったのだ。

高校に入ったあたりからはまったゲームの最新作で、発売日が平日というのを知った時にはひどく絶望したものだ。
休日なら、買って家に帰ってすぐにゲームスタートである。それが夜までお預けになるのだからたまったものではない。
せめて入手できないことだけは避けようと店頭予約をして、確実に手に入るようにしたのだ。
手に入れた戦利品は僕の鞄の中である。外に出していて、何かのはずみで傷なんてついたら大変だ。厳重な包装を施してある。
それにしても疲れた。朝から動きっぱなしだったせいか妙に体が重い。
幸い、降りる駅まではまだかなり距離がある。ゆっくり休めそうだ。
ほんのちょっと休むつもりで瞼を閉じる。
周囲からだんだんと音がなくなっていって、やがて僕の意識はとんだ。

「――き、間もなく発車いたします。」
がくんっと体が傾いた拍子に目が覚めた。
今はどこなのかと乗降口の上の電光掲示板を見る。
そこには僕の降りなければいけない駅の名前が書かれていた。
「閉まるドアに――」
ヤバイヤバイ。咄嗟に立ち上がって閉まる寸前のドアから降りる。
降りたとたんに間の抜けるような空気音がして、ゆっくりと電車が進み始める。
危なかった。寝過ごすところだった。
冷や汗をかきながら、僕はそれでもちょっとしたスリルを体験した悪ガキみたいに両手をぶらぶらさせて改札口へと向かった。

……両手をぶらぶら?
「新作ゲーム!」
これはマズイ。既に電車は動き始めている。
そこでふと思い出す。次の駅までは近道を通っていけばそれほど距離はない。
一方線路の方はどういうわけか弧を描くように、ぐるっと遠回りをするように次の駅へとつながっている。
「走れば次の駅に電車が入る前に先回りできる!」そうと分かれば行動するのみ。
ピーク時よりは少ないものの、混雑している人混みをうまくすり抜けて進む。
全速力で改札へと向かい、偶然ポケットにしまい込んだままだったICカードを改札に通す。
そのままの勢いで駅を飛び出し、次の駅までの近道である路地裏に入る。
放棄されたごみが散らばっている以外は直線なこの道をとにかく走る。
思えばこんなに全力で走ったのはいつ以来だろうか。
まともに走っていなかったせいか、足の筋肉が悲鳴を上げている。
頑張れよ、僕の足。君の力はそんなもんじゃないだろ。
新作のゲームはどうした? 大好きなあのキャラたちがまた動いて帰ってくるんだぞ!そう思ったらいくらか足は軽くなった。
流石は僕の足。己の欲望に実に忠実である。
コーン、という乾いた音が響いたと思ったら後ろに消えていく。
そこにあるのが悪い。許せ、僕は急いでるんだ。

走り続けるとやがてT字路にでる。ここを左に曲がれば隣駅はすぐそこだ。
ぐいっと体をひねって向きを変え、一気に角を曲がる。
目の前に現れたのは、時間帯のせいもあるのか人影がほとんど見えない小さな駅。
さあ、ラストスパートだ。愛しのアイツ(ゲーム)が僕を待っている。
改札にICカードを通していざホームへ。
ホームに辿り着くと、ちょうどカーブから顔をのぞかせる電車が見えてきた。
よし、間に合った。
思わずガッツポーズをしそうになるのをなんとかこらえて電車が止まるのを待つ。
待つ。待つ。待つ。

電車が速度を落とさない?
そこでアナウンスが流れているのが僕の耳に入ってきた。

「一番線を、間もなく電車が通過いたします」

あぁ、そういえばあの電車は特急で、ここは通過駅だったな。
愛しのアイツは颯爽と僕の前を通り過ぎていった。

0 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 5 (0 投票, 平均点: 0.00,  総合点:0  |  
投票する為にはユーザ登録する必要があります。
Loading...

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。