月見事情/駅/なべしま

藤七が畑仕事から上がると、もうすでに日暮れであった。
少しばかり作業に心を入れすぎたらしい。よくもまあ働いたものだと、感じいって腰を叩く。
秋の日は釣瓶落としというが、もう月さえ出てきた。
今日は帰りが常より半時ほど遅いのか。家人が心配するかもしれない。
いい月だなァ。
墨染の空に金色の月。
もののあわれ、なんてものは分からないが、素直に好きだと思う。
……あれ。
月が二つ出ている。
俺の眼もとうとういかれたかと目頭を揉んでみたが、相も変わらず輝く二つ目の月である。

「どうした、籐七。ばかみてェな顔して」-
「おう、竹蔵か」
竹蔵もまた、籐七と同じく畑で日を過ごす人間だ。
やはり仕事を終え、帰るところなのだろう。
「お前もこんなに暮れるまでいたのか。いやいや、それどころじゃねェ」そう言って籐七は空を示す。
「ほら、月がよ」
土で汚れた顔をぼんやりと空に向けた竹蔵は、頓狂な声を上げた。
「ありゃあ、なんだ。月が、」
二つあるみてえじゃねえかと言うと、ぐりぐりと目を擦る。
「ひええ、まだある」
土にまみれた手で顔に触れたせいで、子供のようにあちこち黒く汚れてしまっている。
いささか間抜けな友人ではあるが、それでも籐七は安堵した。あるはずのないものが見えたわけではなかったのだ。おのれが年貢の納め時だと思い知らされるのは誰だって怖い。
「おお、やっぱり見間違いじゃなかったか」
「おう。おれにもみえるもの」
安心すれば、それが何か確かめたくなるのが人情というものだ。
「た、たぬきかな」
ばかなと籐七は思ったが、万が一ということもある。
「じゃあこの芋を」
高々と掲げ、ひらひらと振ってみる。
「応えねえよ、竹蔵」
少し口惜しそうに竹蔵は嘆いた。
「たぬきではなかったかあ。じいさんはよっく、たぬきは月に化けるんだと言っていたんだがなあ」

しばらくはあっちの方が小さいよなあとかそんな話を続けていたが、互いに家子のある身だ。そのうち馬鹿馬鹿しくなって帰った。

「昨晩、大変珍しい現象が観測されました。雲の中を通過した光が屈折し、少し離れた位置にもう一つ月があるように見える、幻月というもので……」

たまらず籐七は竹蔵に電話を掛けた。今ならまだ、家で準備をしている時間のはずだ。
「もしもし、竹蔵かあ。今朝のニュース見たか……見てない?昨日の月な、あれは天体現象つうんだと」

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