駅にある世界/駅/ボブ

課題に追われていたあの日、あの男と出会った。
彼はホームに立っていた。私は彼の横に立っていた。彼は他の人と同様に電車を待っていた。私は彼の存在はわかっていたが、特に気にすることもなかった。

しかし、しばらくして私は彼が気になり始めた。

彼は音楽を聴いているようだった。イヤホンで。よほどノリの良い曲なのであろう。頭を上下に動かしリズムをとっていた。軽いヘッドバンキングとでも言おうか。そう、私は彼の動きが気になっていたのだ。先ほども述べたように、私は課題に追われている。その課題に集中したい。しかし、嫌でも視界にその動きが入ってくる。一度気にしてしまうとずっと気になってしまうものである。場所を移せばいいじゃないかと思うかもしれないが、それはできない。なぜなら私たちの後ろには長蛇の列ができているからだ。もし私が列から外れたら、後ろにいる人が瞬時に前に詰めてしまうだろう。その時点で、私はその列の一員ではなくなる。競争社会は厳しいのだ。

私は何故彼がこうなってしまっているのか考えた。そして一つの見解に達した。彼の動きの原因は音楽を聴いているところにあるのだ。音楽が彼の世界を作り出し、他人の世界を侵していることさえわからなくなってしまっている。それならば彼からイヤホンを取ってしまおう。そう思い付いた。彼からイヤホンを外すことで彼と音楽を切り離せる。そうすれば彼の世界を壊せる。話しかけるという手段も考えたが、きっと大音量で音楽を聴いていて私の声なんて聞こえないだろうからやめた。

しかし、やはり他人のイヤホンを急に外すというのはいくら私でも勇気のいることで、しばらく考え込んでしまった。もしヘッドホンを取った瞬間に彼の怒りを買って、怒鳴りつけられたらどうしよう。いや、怒鳴りつけられるなんてまだマシかもしれない。襲いかかってくるかもしれない。そして、ボコボコに殴られて、病院送りになるかもしれない。もしくは殴られて、周りの人が止めに入って……

あまり考えすぎるのはいけない。物事っていうのは案外悪い方向にいかないものなのだ。そう言い聞かせた。現時点で最優先すべきはあくまで課題。課題だ。私は意を決して行動に移ることにした。手汗を握りしめながら、私は彼の方に顔を向け、イヤホンの位置を確認した。そして手を伸ばそうとした。その瞬間、「あの、独り言が気になるので止めてもらえますか」

後ろの人にそう言われた。気づかない間に独り言を言っていたらしい。いつからか私は私の世界を作り出してしまっていたのだ。

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