!黄色い線の外側へ!/駅/五目いなり

『まもなく三番ホームに、通勤快速新宿行きが参ります』
飽きる程に聞きなれたアナウンス、がホームに響く。
ぷあーん、と間抜けな音を鳴らしながら、人が詰まった電車がホームに滑り込む。
行儀よくに列に並んだ人々が、降りてくる人の波を避け、残り少ない空席めがけて雪崩れ込んで行くのを横目に、僕は大きく欠伸した。
毎朝毎朝、よくやるなあ。
人でごった返したホームに一人ぽつんと取り残されて、僕は電車を見送った。

この駅で起こることを、僕は全部知っている。
通勤ラッシュの過酷さや人の密集した電車内の心地悪さとか、そんなのは序の口で、例えばあの、ホームで電車を待ってる高校生が前の前の駅から乗っている女の子を好きなこととか、今ホームにやってきた電車の車掌さんが昔からアナウンスの真似をして車掌に憧れていたこととか、僕にかかればそんなの全部、お見通しだ。

僕は電車が運んでくるものを、隅から隅まで知っている。
電車に乗ってどこか行くたび増える思い出を、みんなどこかの駅に置いていくから、僕はなんでも全て知っている。
今日このあと電車が止まってしまうことも、もちろん僕は知っているのだ。

通勤ラッシュを少し過ぎた時間帯、眠そうな目をした大学生や行楽に出かけるお年寄りたちから浮くように、スーツ姿のサラリーマンがホームに足を踏み入れる。
ああ、やっぱりきみが、くるんだね。
見知った彼はぼうっと線路を見つめながら、黄色い線の上に立ち、ゆらりゆらりと揺れている。
僕はやってくる電車に道を空けるために、彼の隣に歩み寄った。

アナウンスもなく、ホームに電車が滑り込む。
目の前を走る電車の中には、幼い彼が乗っていて、つま先立ちをしながら運転席に見入っていた。
きみが残した思い出だ、なんて野暮なことは言ってやれない。
なんせ、この電車に乗れるのは、きっと僕の他には、彼だけなのだ。
スピードを緩めることなく流れていく電車を見ながら、僕は彼の耳元で囁いた。

「なあ、覚えてるかな?きみが初めて電車に乗った時、車掌の帽子を乗せてたろう?あれは一等きみに似合っていたぜ」

彼は何も言わないけれど、目を見開いて、目の前を突っ切っていくその電車に見入っていた。
それから昔を懐かしむように目を細め、久しぶりの笑みをその疲れ切った顔に湛えた。

「昔、この駅できみは同級生の女の子を痴漢から守っていたね?あの時のきみは本当にカッコよかったさ、まるで映画にヒーローみたいに見えたもんだ」

彼の眼前を、可愛らしい女子高生が乗った車両が走り去っていった。その姿を見て、彼は照れくさそうに頬をかく。そんな頃もあっただろう、と囁けば、彼はそうだったなあ、と独り言のように呟いた。

「結婚式のあとは、どうしてもって言ってウェディングドレスを着た奥さん連れて、電車に乗ってたよな?他のお客さんの驚いた顔、覚えてるかい?あれは最高だったよなあ」

次の車両には、ウェディングドレス姿の綺麗な女性と、タキシード姿の彼が、幸せそうな顔をして乗っていた。
彼はその、過去の思い出に顔をほころばせる。
左手の薬指に嵌った銀色の指輪をそっと撫ぜ、それから足元の黄色い線に目線を落とす。
ゆらゆらと揺れ動く体が、一歩、二歩、と後ろへ下がった。

「それに、きみの娘さん!初めて電車に乗った時、きみと手を繋ぎながらも運転手に見入っていたね。やっぱりきみの血だな、一家揃って電車が好きとは、きみたち家族は本当にいい家族だ」

また一歩、彼の体が後ろに下がる。
目の前を彼の娘が乗った車両が、例の如くに通り過ぎる。
彼は懐からスマートフォンを取り出すと、ロック画面の娘の顔をまじまじと見た。
揺れていた体がまた、前へ一歩踏み出される。

そうだ、きみには守るものがある。
きみはここで、決断しなければならない。

僕は彼の背中に手を添えながら、また彼の耳元で、囁いた。

「きみは、解雇を言い渡された。酷い話さ、やっと10年勤めたのに、解雇だなんて。家のローンも、娘の学費も、残っているよ」

僕は彼の背中に添えた手に、力を入れる。
遠くから踏切の音が、けたたましく響いてくる。
『まもなく三番ホームに急行新宿行きがが参ります』
聞きなれたアナウンスが、彼と僕の耳に入る。
僕は続ける。
「黄色い線の、外側へ」
彼の体はぐらりと揺らぎ、そのまま、赤い霧になって、消えた。

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「!黄色い線の外側へ!/駅/五目いなり」への1件のフィードバック

  1. 「ああ、やっぱりきみが、くるんだね。」で、飛び込むのかな?と少し予想ができてしまった。
    守るべき素敵な家族もいるのに、解雇で身を投げるのは早まり過ぎだろうとも思った。
    だけどけっきょく他殺(?)ではないけど、見えない力が働いて、駅のホームで神のように振舞う「僕」も、かつて線路に飛び込んだのかななど、新しい怖さがあった。

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