EKIBEN/駅/リョウコ

通路に投げ出された若い男の棒のような足をまたぐと、ニキビ跡の目立つ不満気な顔が此方を見た。気にせず細かい傷と皮脂で曇った窓に手をつき、窓際に移動する。
どっこらせ。たくさんの乗客の尻に敷かれ綿が潰れたかたい座席に腰掛ける。上着を脱ぎ、もぞもぞと尻を動かして具合の良い位置をみつけ、背もたれに身体を預ける。ふう。とりあえずこれで落ち着いた。
さて。私は手をこすり合わせた。妻の千代子から言われて知ったが、これは私が
<おたのしみ>をひかえているときの癖らしい。
私は時計を見る。12時36分。この特急は12時45分発、目的地に着くのはおよそ 1 時間半後。私は膝に乗せた箱を両手で包み、持ち上げた。サイズからしてこいつの所要時間は 20 分弱といったところか。胃におさめれば腹は8.5分目くらいまでふくれることであろう。あちらに到着するのは14時15分前後。飲み込んだ分が消化され胃がよいころあいになるのに25分かかるとすると、
13時50分少し前くらいに食べ終わるのがベストだろう。
電車が動き出した。逆算して考えると、スタートは13時半、45分後だ。私は目を閉じ、手の中の小さな箱の中身に思いを巡らせた。
駅弁。それは土地そのものである。それぞれの土地でとれた食材と、めずらしい料理がひとつの箱の中に納められている。この980円(税別)の箱には郷土の誇りがつまっているのである。
13時17分。私は椅子に座り直した。ふと外を見ると、ねずみ色の分厚い雲が空を覆っている。少し突けばすぐにはじけて大水が襲ってきそうだ。
ガタガタと揺れる電車の中、弁当だけはひっくり返さないように手でもって、なんとなく車内を見渡す。平日の昼間だからか、人気はほとんどない。口を開け鼾をかいている隣の若い男と、通路を挟んだ斜め前の座席に並んで腰掛けている老夫婦、通路を挟んで隣の座席の窓際には、中年の女が一人で座っている。
13時49分。私は弁当の蓋を取る。
なるほど。弁当は4つの土地に分かれていた。東側を惣菜、西側は米が共に領土を2つずつ治めている。私はこの2つの領土をじっくり眺めた。
惣菜上段右端はひじきの領土、その左側にはサイコロ型の筍の煮物、卵を挟んで手前にオニオンリング。……素晴らしい。並べられた2つの輪っかは無限大を連想させる。きっとサクリとした衣の下にはほの甘い蕩けそうな玉ねぎが隠されているはずだ。うむ、こいつに本日の大トリを務めてもらおう。下段は筑前煮とポテトサラダか。どちらも他の惣菜に比べて占める面積が広い。この2つは中間に食べ切ったほうがよさそうだ。
西側の領土も仕切りで二つに区切られている。上段は地のものだろうか、鳥五目、下段は白米だ。散った黒ごま塩と中央に鎮座する梅干しの赤の対比が美しい。
完璧な駅弁だ。思わず感嘆の溜息が漏れた。
さて。私は恭しく割り箸を袋から取り出し、地面に水平に持ち直して均等に力を込め割った。まずは惣菜上段で一番量が多い筍をひとつつまみ、口に運ぶ。さくさくと筍を噛めば、鼻から抜ける豊かな鰹節の風味。そのままいくつか食してから、上品な味付けのひじきにうつる。大豆がふっくらと煮えている。白米を挟みながら半分ほど食べ進め、今度は出し巻き卵を半分に割り、口に入れる。出汁自体の味を損なわないほどよい甘さ。さすがだ。次に味の染みた筑前煮、やや水っぽくはあるがマヨネーズがしつこくないポテトサラダを制覇し、来た道を辿って白米と共にすこしずつ東側を食べつくしてゆく。2つのオニオンリング、鳥五目を残してあとは空になった。時計を見る。14 時3分。配分は完璧だ。
さあ、メインの鳥五目だ。一口。美味い。鳥の旨みが硬めに炊いた米にしっかり染みている。ゴボウもよいアクセントだ。噛み締め、飲み込んだら直ぐにでもまた次を送り込みたいが、あと7分ある。ぐっとこらえて舌の根に残る旨みもちゃんと味わう。ゆっくり、じっくり味わう。窓を叩く雨の音も、隣の男の大きな鼾ももはや私には聞こえない。今ここには私と、駅弁のみがある!鳥五目が終わった。時計を見る。
14時12分。ややゆっくり食べ過ぎた。しかし残るは大トリ、オニオンリングのみである。私はそっと、リングを摘んだ。ゆっくり口元に運ぶ。さあ、噛み締めろ、至上の満足を!
グニャ。
中途半端に衣を纏った輪切りのイカが、箸に引っかかっていた。

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「EKIBEN/駅/リョウコ」への4件のフィードバック

  1. えらく既視感があると思ったら、’02に放送された世にも奇妙な物語、ほぼそのままでした。
    というより、原作の「夜行(『かっこいいスキヤキ』)」が影響しているのかもしれませんね。
    無意識のうちに真似てしまうことはあり得るので、今後ともできる限り注意するようにお願いします。

    http://yonikimo.com/358.html

  2. 面白い、グルメ番組的な感じで。ただこれまでの文もだけど、どうにも読みにくい。今日はかなり普通の?文に近いんだけどそれでも読みにくい。ただただ描写を細かくするんじゃなくてそこに緩急がつくと多分変わるんだと思う。多分。多分ね。いや保証はしないけど。あと多分オちを大して重要視してなくて(俺もだけど)途中の描写に拘ってるから、おちのオマケ感ぱない。

  3. 久住昌之臭がハンパない。細かいところを言うと、文中の数字の表記は全角か半角どちらかに揃えたほうが良いと思う。また、表示上の問題かもしれないのだけれど、結構目が滑ってしまって、弁当のイメージが固まらないまま読み終わったので、そこの親切さがあっても良いのかもしれない。

  4. 僕の中ではノルニルのコメントでオチがつきました笑

    クレッシェンドのように段々と心拍数が上がっていく様子はかけてると思います。時間をところどころに挿入することでたるみが減って良いテンポを生み出せています。

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