春にひとり/青春/なべしま

一様な紺色のスカートをふわふわとはためかせながら、女の子たちが階段を駆け上がる。
「なあ、……ってさ、可愛くねえ?」
入学式は単なる儀式だと思っていた。儀式にもそれなりに意味があるらしい。
少なくとも僕の周りの友人らからは、小学生らしさというものは消えていった。
スカートから覗く脚は白くて美しいらしい。
桃色の唇は甘いらしい。
豊かな髪からは清潔な温かさを持ったいい香りがするという。
それが、そんなに楽しいだろうか。
可愛いかと問われても、あいまいに笑うことしかできない。
この前まで学校では毎日鬼ごっこして、雨が降っても教室でふざけていたのに。それで皆満足していた。
僕はただ走り回っている方がずっと好きだ。
「……がかわいい?よくわかんないよ」
「ええっ。贅沢な奴。すげえ可愛い顔してんじゃん」
 

風を感じられるのが好きだ。
走ると全身を使える。頭もいっぱいになるのがいい。
そうして一日のことを忘れ、急いで秘密基地に行くのだ。
たしか六年生の夏に、友達と三人で作った。初めての卒業という季節に淋しくなり、なんとなく作った記念品だ。残り二人は早々に飽きて、僕だけのものになった。
裏山のふもと、つる草の繁る道の脇に三本棒を立て、テントを張っただけのおんぼろの城。
僕はそこに陽子を買った。

 

三つ編みをした髪を頭の後ろで丸く結った陽子は春にここに来た。
「私と遊びましょう」
そう言った。
「安くてもいいわ」

お金なんか、お小遣いさえろくに貰っていない僕には縁遠いものだ。
代わりにたまたま持っていたチョコレートをあげた。ずっと遊んでいてあげる、とも。
陽子は僕のものになった。

 

 

残念なのは、それきり陽子が喋らないことだ。
仕方ないから僕が話す。
僕の友人のことを。変わっていく性格が僕にはわからないのだ。
陽子は何も返してはくれない。でも変わらない陽子は僕の気持ちを分かってくれている気がした。
一度しか見たことのない陽子の瞳を閉じ込め、ふっくらと膨らんだ瞼に唇で触れる。
花のような、それでいて百合などとは違う、ほのかな香りが漂う。
甘いのだろうか。何も答えない陽子の唇を口に含むが、何の甘味もない。走ってきた自分の汗が塩からいだけだ。
髪からはいい匂いがした。だから友人が甘いと言っていたのも、少し期待したのに。嘘だったらしい。味のしないブドウの実を食んでいる気分だ。妙な弾力で柔らかく跳ね返してくる。

 

隣のクラスの何とかさんとか、一つ年上の某先輩とか、そんな女の子たちの肌の何がいいのだろう。飽きもせずにそんな話を繰り返して、まだ鬼ごっこの方が充実していた。
ねえ、何がいいのだと思う、陽子。
三つ編みを崩さぬように陽子をそっと抱きかかえる。捲れ上がったスカートから出る脚が朝露に湿って吸い付いた。

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「春にひとり/青春/なべしま」への2件のフィードバック

  1. この文章の主人公は男の子ですが、女の子にも共通して言えることですよね。年齢が上がるにつれて異性を意識し始めたあの頃の違和感を思い出しました。
    陽子はいったい何者なのでしょうか……そこを明らかにしない不気味さが、まだ成長しきっていない主人公の秘め事と相まってとても気持ち悪い文章になっていて良いと思います。

  2. 陽子は人形でしょうか?不気味で興味がそそられる不思議な話だなあと思いました。ゾクゾクする。
    異性を意識する違和感を感じたことがたわたしにはないですが、十分想像できる話でした。

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