「君」って誰だよ/青春/エーオー

それなりの大きさをしたボールが、無情にも指先をすり抜けていった。

笛が鳴る。死にたい気持ちでいっぱいになる。ボールは相手方に渡った。必死で走って自陣のゴール下へ向かう。

「すまん、佐々木」

守備を固めながら長身の茶髪に詫びる。佐々木は一瞬こっちを見たが、敵がシュートフォームに入ったのでそっちにかかりっきりになった。

もうお願いだから早く終われ。謝るのも媚びるようで嫌で、でもそうでもしないと気が滅入る。

どうせ推薦を狙うつもりもないから、成績もクソもないし高3の体育なんてお遊びだと思っていた。チーム分けの日、いざふたを開けてみれば各運動部で評判のメンツの揃うドリームチームに組み込まれている。本気で胃が痛かった。明らかに自分はお荷物だ。

この時間で数Aの問題集は何ページ進められただろう。脳内で無意味な計算をした。

思考を振り払って大きく手を伸ばす。せめてディフェンスでは貢献したかった。

 

「俺、センター終わったらその足で堂々と18禁コーナー行くから!」

予備校までの道すがら、妙にはしゃいで曽根が宣言した。幸か不幸か、この男の誕生日は今年のセンター試験の二日目にかぶったらしい。

「お前バカじゃねえの」

「いや、受験を乗り越えるにはそういうテンション上がるイベント用意しとかないと」

自動ドアを抜けエレベーターに入る。曽根は自習室の階を押した。

「湯田は次授業?」

「うん。英語」

「さすが選抜コースじゃん。がんばれ」

4階に差し掛かる。重いリュックを握りなおした。

「あれだよ、湯田も楽しいこと考えるといいよ。受験終わったら何したいとか」

開ボタンを押しながら曽根が言った。手を上げて別れを告げた。

 

「ただいま」

リビングには誰もいない。肩に食い込んでいたリュックを降ろす。

録画しておいたアニメのリストを確認した。今季はだいぶ少ない。あまり気が進まず、テレビに切り替える。

耳を澄ます。母は風呂に入っているらしい。そっとリュックから黒いビニール袋を取り出した。中身は漫画だ。

ページを開けば、少女たちがのびのびと日常を繰り広げていた。ギャグも盛り込まれ、抱き合ったりくっついたり時には女の子同士でキスをしたり。そこまで過激な描写はない。もちろん、男はほぼ出ない。

脱衣所のドアが開く音がする。思わず飛びあがり、慌てて漫画を隠した。

いつからだろう。見れないアニメ、読めない本が増えた。健気に主人公に思いを寄せるヒロインが出てくるともう駄目だった。特殊な能力で危機を救われ、新たに主人公を好きになるキャラが出れば本を閉じた。そうしてだめなものを避けてきたら、行きついた先はこのありさまだ。

『君がそばにいるから 強くなれるよ』

点けっぱなしのテレビから、ドラマの主題歌が流れてきた。

 

 

「人めっちゃ多いな」

昼休みはダンス部のお披露目公演だった。会場の教室は人でひしめき合っている。

みんなが行くから、なんとなく。そうやってへたくそに下心を隠してみせて、普段は声もかけられない女子たちを存分に見られるチャンスに飛び込むのだ。

アップテンポな音楽が流れだす。両サイドから、流行りのアイドルグループを意識した衣装の面々が飛び込んできた。躍動する身体、揺れる髪束。弾けるような笑顔を浮かべ、力強く振りを繰り出していく。

彼女たちは、紛れもなく輝いていた。

「湯田?」

耐えきれず腕に突っ伏した。眼球も喉の奥も熱い。曽根に答えた声は震えていただろうか。涙がYシャツに染みこんだ。

 

受験が終わったら、その瞬間爆発するロボットになりたかった。

できることなんて何もなかった。いま彼女たちのいるところに自分が立って「あなたができることをやってみてください」と言われたら立ち尽くすだけだ。

『君がそばにいるから』。君って誰だ、俺にはいないよ。なんにもできない人間のこと、誰かが好きになるはずもないんだ。まともに物語も読めやしない。自分のことずっと好きでいてくれる誰かがいるなんて、それは都合のいい夢なんだよ。やめろよ。そんなのもうたくさんだ。

早く予備校に行きたい。祈るように思った。勉強なんてやればできる。受験に関してならストイックになれる自分を好きになれた。でも、いつか終わる。テストの点数も成績表もない日々が来る。そうして完璧に、自分にできることはなくなる。

強く目を閉じた。耳をすませて、自分の中でカウントダウンを刻む音がしないか確かめてみる。

 

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「「君」って誰だよ/青春/エーオー」への1件のフィードバック

  1. 描写は相変わらずうまくて、頭の中で思い描きやすいが、今回の話は場面が独立していて繋がりを見出しにくかったです。一貫して読むと、なぜか途切れているような気がしてしまいました。あと勉強しかないと思い込んでいる彼の葛藤が伝わってきてなんかとてつもなく切なくなりました。余談ですが、タイトルからとある曲を思い出してしまい、それを脳内再生しながらこのコメントを書いています。

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