一音入魂/青春/峠野颯太

「あーダメ!止めて!」
指揮台を指揮棒でカンカン鳴らし、演奏を止めたのは小林先生だった。
「もっと聞いて、全然揃ってない。もう一回」
「はい!」
返事が教室内に響き終えると同時に、全員の視線が指揮棒に集まる。指揮棒が小さく動くのを合図に、クラリネットのユニゾンが始まった。

すごい、さっきより格段に唸りが減っている。たった一度のやり直しで、耳に自然と入ってくる、滑らかなメロディーへと変わっていた。2小節進んだところで、先生が再び指揮棒を鳴らし、
「今の感じ忘れないように。じゃあ10分休憩したら通しやるから」
と言い残し、音楽室を出て行った。

これが、大会直前の本気なんだ。先輩にとって、2週間後が最後の大会になる。どこを向いても、真剣な眼差しを浮かべる人ばかりだった。

果たして、僕はここにいていいんだろうか。

大会メンバーの選抜は、毎年テスト方式で行われる。課題曲と自由曲をそれぞれ一度ずつ先生の前で演奏することにより、先生が独自に選んでいくのだ。部員たちは、そのメンバーに選ばれるために必死に練習する。特に3年生はその努力と気合が人一倍だった。僕も自分なりにできるところまで練習したが、一つ上の先輩たちには正直かなわないだろう、と思っていた。

そう、思っていたのに。
僕はテストに合格し、同じパートの3人の先輩を出し抜いて大会メンバーとなってしまった。しかし、先輩たちは僕を責めることなく、泣きながら激励してくれた。僕は嬉しいやら申し訳ないやら、あらゆる感情がぐるぐると渦巻き、素直に喜ぶことはできなかった。

ふと、壁の時計を見上げると、先生が去ってから5分ほど経っていた。管楽器から唾を抜く音、マウスピースを吹く音はするのに、誰一人として無駄話をしていない。大会本番を意識しているせいだろうか。

演奏しすぎているからじゃない。僕は、息苦しくてたまらなかった。体内で何かが突っかかっていて、それが気になってしょうがなかった。気迫に負けそうでたまらなかった。今の僕には、震える膝に耐えながら、立っているのがやっとだった。
僕じゃなくて、先輩がこの場にいるべきなんじゃないだろうか。練習量も気合も負けてしまう僕なんて………。

たまらず一旦音楽室を出て、廊下の手洗い場の水で顔を洗った。すると、例の3人の先輩が僕に気がつき、近づいてきた。
「宮崎さぁ、あたし達のこと気にしてるでしょ?」
思わず、息を呑んだ。
「やっぱり!でもね、気にしないでよ。宮崎の方が上手だったって、ただそれだけの話なんだから」
「そうそう。最後の大会出たかったけどさ、正直宮崎の音の方が曲に合ってるよねって、皆で言ってたぐらいだよ」
「自信持てよ、宮崎。お前練習すげえ頑張ってたじゃん。これ以上申し訳ないなんて考えたら、一生恨むからな」
心の中でずっと留まっていた何かが、解けていく感覚がした。呼吸が楽になる。気づけば、目から涙がこぼれ落ちる寸前だった。慌てて下を向く。
「おいお前、泣いてんのか?」
「泣いてませんよ!顔を洗った水が前髪から垂れてきたんです!」
僕は気づかれないよう素早く右の親指で涙を拭い、顔を上げる。
「先輩方の分まで頑張ります。そして、絶対に全国大会出場します」
「うん!頑張ってね!」
先輩たちは、笑顔で僕にそう言ってから、立ち去って行った。

まだ僕は完全に自分に自信を持てたわけではない。だけど、先輩たちは僕のことを認めてくれたんだ。僕は、先輩たちの分まで頑張らなくてはいけない。プレッシャーに負けてどうするつもりだ。何にせよ、もう僕の膝は震えていない。
気持ちを入れ直すように、深呼吸を一度してから、音楽室へと足を踏み入れた。僕が自分の位置に付いた途端、先生が音楽室に入って来た。皆が一斉に準備を整え、先生は指揮台に立つ。

なんの一言もなしに、先生は指揮棒を振り始め、皆もそれに続いて演奏を開始した。やっぱり、皆の気持ちはすごい。さっきの部分練習の指摘を殆ど直していた。
曲は終盤に近づき、ピークを迎えようとしていた。

そして僕は、先輩の分を込めて思い切り鳴らした。




たった一度きりの、シンバルを。

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「一音入魂/青春/峠野颯太」への1件のフィードバック

  1. オチ! 笑ってしまった! いや、笑っていいのかわからないけど。私にはシンバルの経験はないので。シンバルの人が読んだらどう思うのだろう。
    峠野さん構成が目に見えて上達したなと思いました。

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