世界から奪う/青春/ケチャねえ

無縁の存在だと思っていた。彼女は目が見えないくらいに重く下がった前髪と、黒ぶち眼鏡をかけて、いつだっておさげ姿で、教室のすみっこの席に座って本を読んでいた。別にだからと言っていじめられているわけでもないし、僕自身彼女のことを嫌いという気持ちをもつ対象にさえ入らない。彼女もクラスのみんなを必要としていないように、僕らも彼女の存在を必要としていない。
学校から家に帰る途中大きな土手がある。そこに広がる芝生に僕は数分間座って何も考えない時間を作っている。でも、僕にもこだわりがあって、適当なところで考え事をするのではない。芝生の上に人が座れるくらいの石が三つ横に並んでいるところがある。僕は毎日真ん中の石に座る。
なぜかあの日だけは予想外の先客がいた。彼女であった。僕は何も考えず彼女の左にある石の上に座った。

「ねえ、あそこに流れている黒い川落ち着くよね。」
今日は晴天で暑いはずなのに、あせって気温を感じなくなった。。何度見たって青透明の川しか僕の視界には見えないし、水面に太陽の光が反射して”黒”とは対照的に川はキラキラしていた。

「アフリカのある国ではね、色を表す言葉が黒と白しかないの。別に世界がモノクロってわけじゃないのよ。青とか赤っていう色の概念がないの。」

唐突な流れに僕の頭は混乱して、よくもわからず 2 回強く相槌をうった。

「言葉ってどうやって生まれたと思う?私たちが”ネコ”と認識しているものが、もしかしたら外国では私たちのいうところの”イヌ”かもしれないよ。世界には名前が多すぎるわ。一言で人間の感情だって左右できるんだから。」

“草”、”石”、”空き缶”、”アリ”、彼女の”赤い唇”も、長く伸びた”まつげ”も確かに言葉で表せないものは身の回りにはないものだな、とふと考えた。

「君が言葉の概念をなくすんだったら、どの言葉の意味をなくすんだい?」哲学者チックな彼女の返答を待つ。
鼓動がだんだん早くなる。ゆっくりと彼女が口を開いた。

「もし、私が言葉をつくる神様だったら、”好き”っていう言葉と”嫌い”っていう言葉の区別をつかなくさせる。”嫌い”と”好き”っていう概念をこの世から消すの。あなたと私だけの世界だったらそれは可能だけどね。」
彼女が何を思ってこの例を出してきたのか僕には理解できないが、彼女と僕の間に、”嫌い”と”好き”という概念は存在しないらしい。

「僕らは言葉に依存しすぎているのかもね。」

「人間が言葉を操ってるんじゃないよ。言葉のほうが人間より上よ。」
彼女の開く唇に見とれている自分がいた。言葉と人間か、なかなか面白い。彼女はまっすぐに前だけを見ていた。

僕たちは立ち上がって歩きだした。下を向くと僕の5歩が彼女の3歩だった。僕にとって哲学者だった彼女が女性に変わっていく。
そうだ。僕たちには”好き”も”嫌い”も区別なんてないんだ。
僕らのこの想いを言葉で確認する必要もどうやらなさそうだ。そうやって僕は彼女の指にそっと自分の指を絡めた。

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「世界から奪う/青春/ケチャねえ」への3件のフィードバック

  1. 河原、学生、放課後といういかにも青春!という題目で、熱くなくほのぼのした空気が出ているのが気に入りました。
    会話文の内容で読者をひきつけるのは大変だったと思います。内容がつまらなければ読まれないでしょうし。
    少し最後の手繋ぎが親密度上がりすぎな気はします。

  2. なんだかわかるようなわからないような、独特の空気感を持った文章ですね。お気に入りの石の描写など河原の情景ががリアルで場面の想像がしやすかったです。
    最後はちょっと急展開になりすぎてしまったようで、もっと字数があれば全体を通してもっと細かく人物設定などについても書けたんだろうなと思います。

  3. 哲学っぽい学生たちだなあと思いました。こういう難しい言葉を使って愛情を確かめるっておしゃれだなと思いました。青春の描写がしっかりしてあっていいなあと思います。

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