春、はじめました/青春/ノルニル

男は覆いかぶさったまま、うんうんと唸っている。子どもをあやすように指で髪をすいてやると、貪るように胸元をまさぐりまじめた。ただぼうっと、天井のしみを見る。

いつの間にか男は眠っていた。ゆっくりと身を起こし、はだけた制服を整える。ふくらはぎをみれば、畳がかたちになってのこっていた。最初のほうこそ行為を求めない客に驚かされ、自分の魅力に自信を失うこともあったが、慣れてくるとこうした客はむしろ性質がいい。首元には咬まれた跡があざになって残っている。彼らはきっと、なにかに飢えているだけなのだ。

急須に湯を注いでいると、男が目を覚ました。今さら恥じらうこともないだろうに、男はそそくさと服を着た。礼と謝罪の言葉とともに、折りたたまれた札を受け取りスカートのポケットに入れる。一回りも離れた相手に敬語を使う客にも、もう慣れた。菓子と茶を勧めたが、男は逃げるように帰っていった。

薄暗く、耳の痛くなるほど静かな室内でほうっと深く息をつく。冬の日差しが部屋の隅を照らし、宙に舞う埃がその姿をあらわした。いつからだろう。若くうつくしい時が過ぎ去ってしまうのがもったいないように感じた。この何もない部屋で客の相手をする日々は、すでに永遠にすら感じられる。男たちが差し出す対価からするに、たしかにわたしは美しく魅力的だった。そう気づくことができても、数え切れないほど耳元でその場限りの愛をささやかれても、いつまでも満たされない。多くの人の欲望を満たし、癒やしながら、当の自分自身は傷を重ねている。

学校へ行くたび、じゃれ合う同級生がひどく幼く思えた。それと同時に、うらやましくも感じた。その姿はとても楽しげで、純粋で。どうしてかわからないけれど結局みんなすごくまぶしくて、目をそむけたくて下を向いてマフラーに顔を埋める。

一限は英語だった。英語の詩と、訳文がそろえて書いてある。周りの同級生はわかっているのかわかっていないのか、皆ぽかんとした顔をしている。辺りを見渡していると、先生に指名されてしまった。仕方ない、と立ち上がり、声に出して読んでみる。

─────────────────────────

青春とは人生のある期間ではなく、
心の持ち方を云う。
薔薇の面差し、紅の唇、しなやかな手足ではなく、
たくましい意志、ゆたかな想像力、燃える情熱をさす。
青春とは人生の深い泉の清新さをいう。

青春とは臆病さを退ける勇気、
安きにつく気持を振り捨てる冒険心を意味する。
ときには20歳の青年よりも60歳の人に青春がある。
年を重ねただけで人は老いない
理想を失うとき初めて老いる。
歳月は皮膚にしわを増すが、熱情は失えば心はしぼむ。
苦悩・恐怖・失望により気力は地に這い精神は芥にある。

60歳であろうと16歳であろうと人の胸には、
驚異に惹かれる心、おさなごのような未知への探求心、
人生への興味の歓喜がある。
君にも吾にも見えざる駅逓が心にある。
人から神から美・希望・喜び・勇気・力の
霊感をうける限り君は若い。

霊感が絶え、精神が皮肉の雪に覆われ
悲嘆の氷に閉ざされるとき、
20歳であろうと人は老いる。
頭を高く上げ希望の波をとらえる限り、
80歳であろうと人は青春にして已む。

(サムエル・ウルマン『青春』 作山宗久 訳)

─────────────────────────

両うでを広げてくるくると、校庭へと躍り出る。傾いた日はまぶしいけれど、木枯らしは身を切るほどにつめたい。春が訪れるまでは、まだしばらく時間が必要らしかった。

参考: サムエル・ウルマンの詩
http://members3.jcom.home.ne.jp/fuyou3/profi/samueru%20uruman.htm

0 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 5 (0 投票, 平均点: 0.00,  総合点:0  |  
投票する為にはユーザ登録する必要があります。
Loading...

「春、はじめました/青春/ノルニル」への2件のフィードバック

  1. 学生でありながら売春をして金を稼いでいる主人公には複雑な事情があることでしょうが、それが、同級生への複雑な感情にもしっかりと表れていてよかったです。
    季節の春以外にも、青春、売春が要素に取り入れられていることから、春というワードを軸にしていることもいいと思います。
    気になった点は、細かい部分ではありますが、最後の「木枯らし」という言葉が、どうしても春からかなり遠い印象を受けることです。おそらく主人公は英語の時間に出会った詩のおかげで「青春」に近づいたのでしょうから、違った表現を使うとより矛盾のない文章になるのではないでしょうか。

  2. 主人公の複雑な心情、情景描写、他の学生と今の自分との対比などどれをとってもうまいなと思いました。一つだけ気になる点を挙げるとすれば、詩を読んだ前と後で主人公の気持ちに変化があったのかどうかというのがいまいち伝わりにくかったということですかね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。