(未)知との遭遇?/青春/五目いなり



どうやら俺は、女子になってしまったらしい。
昼飯後の数学でハゲ教師の子守唄に船を漕ぎ、ふと目を覚ますと身体が女になっていた。
最初は戸惑ったものの、周りの奴らは女子の俺に何の違和感もないらしい。
どうやら俺は女子になってしまった、のではなく、俺が女子だった世界、に飛ばされたようだが、そんな馬鹿馬鹿しいことがあってたまるか、というのが俺の正直な感想だった。
ああ、これは夢だ。
そう思い当たれば、怖くも無い。
むしろ夢が覚めるまで女子をエンジョイしてやろうと、俺は決めた。

いつもはすれ違いざまにしか嗅ぐことのできない甘く爽やかなシャンプーの香りが、自分の髪からふわりと漂う。
目撃すると気不味くなってしまっていた光景の丸写しのように、風を受けたスカートがふわりとふくらむ。
今まで遠くから眺めていただけだった女子を体験するのには違和感を覚えずにはいられない。
けれども、楽しいことだって多いのだ。
なにせ、変わったのは自分の体だけではないのだから。
今まで仲のよかった男子たちは俺を女子と認識しているから滅多に話しかけてこないものの、一方で俺は女子になったわけだから、いつもは見向きもされない自分が女子から気さくに話しかけられるようになった。
仲間だと思っていた部活の友人と馬鹿話ができなくなってしまったのは些か不満ではあるものの、希少価値の高い純度百パーセントの女子の笑顔に比べたらそんなもんは無価値である。
うはうはと、俺は自分を楽しんでいた。
女子であるのも気分が良い。
もう特に違和感を抱く事もなく、気づけば一週間の時が過ぎていた。
夢が覚める気配はなく、自分は男であるとしっかり自覚はしているものの、女子であることにも違和感が薄れてきた。
そのおかげか、俺の女子力も、以前に比べて格段にアップしたことだろう。
「あきちゃーん、トイレ行こー」
「あ、行く行くー!」
可愛らしいケースに入ったスマートフォンの画面を切って、俺は同じ部活の伊藤さんに呼ばれるがまま、女子トイレについて行った。
べつに、やましいきもちは、ない。
……だって俺、女の子だもん。

伊藤さんは俺と同じバスケ部で、といっても俺が男だったことは当然俺は男バスにいたわけだけど、いわば男子生徒の高値の花的存在だ。
可愛いし、すらっとしてるし、可愛いし、頭もいいし、可愛いし、生徒会役員だし、可愛いし、なにより可愛い。
そんな伊藤さんと話す機会なんて以前の俺には全く無くて、隣のコートから伊藤さんの姿を眺めては「あー俺伊藤さんに投げられるならバスケットボールになりてえかも」と友達と言い合う様なザマだった。
しかし!今は!違う!!
女子の身体を得て数日、俺は同性という特権を駆使して伊藤さんに近づいた。
幸いなことに別にそれまで特別仲が悪かったという訳でもないらしく、案外すんなりと伊藤さんにお近づきになれた俺は心底うはうはしている最中だ。
兼ねてから謎だらけだった女子の「トイレ行こう」問題も結局一人は嫌なんだろうなという答えとともに解決し、俺も伊藤さんとトイレへ向かう。
女子トイレは校内で最も発達した情報機関の一つであり、ここに友人と来ることは友情を築き固くすることのみならず、校内男子の評判や誰それが付き合ってるなどという校内事情に強くなるメリットがある、らしい。
正直そんなもん知ってどうすんだよと思わないわけでもないが、今は多くの女子たち、特に伊藤さんに嫌われたくはないから馬鹿馬鹿しいとは思いながらも付き合わざるを得ないし、正直そこまで面倒ではないので気にしない。
「あきちゃん、知ってる?」
元はアキヒコだった俺をあだ名で呼びながら、伊藤さんは鏡の前で薄く色のついたリップクリームを塗っている。
艶やかな唇がずっと近くにあることに緊張して、思わずごくりと喉が鳴る。
伊藤さんはそれに気が付かないようで、作り物の花みたいに綺麗な顔のまま、唇を動かした。
鏡の向こうで出来上がった伊藤さんの顔は、怖いくらいに綺麗だ。
首筋が少し、冷える。
「みゆちゃんね、鈴木くんが好きなんだって」
同級生の恋愛事情か、青春だなあと思いながら俺はへえと相槌を打つ。
正直彼女いない歴史=年齢の俺にそんなことを言われても、気の利いた返しができるはずもない。
ただでさえ伊藤さんの前で緊張しているのに。
そう思っていると、伊藤さんがまた、口を開いた。
鏡越しにあった視線は、俺を射抜くように冷たい。
「私も、鈴木くんのこと好きなんだよね。だから……」
その瞬間、俺の青春は終わった。

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「(未)知との遭遇?/青春/五目いなり」への2件のフィードバック

  1. アキちゃんは男の子に戻れるのだろうか。
    もし戻れないのならば、女の子になった時点で初恋を諦めざるを得ないものになってしまう。
    描写が細かく丁寧で、情景が目に浮かんでくるようだった。

  2. 文中で本当に性転換しちゃうのはとても面白かった。また休み時間の女子トイレ問題が男視点で丁寧に書いてあったのも良かった。
    最後のオチまでの流れも一貫していて文章として読みやすい。
    個人的にはちょっと油断をすると男の部分が出てきてしまうみたいな描写があるともっと主人公に親しみが持てる気がする。例えば気が緩んでガニ股で座ってしまうとか…。

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