異性/青春/リョウコ

3メートル先でポニーテールが揺れた。小春さんの白いうなじが窓の隙間から染みてくるおオレンジにそまっている。
この学校では珍しい受験生の肩書を持つぼく達を気遣って、担任の村井先生がこっそり電源を入れた暖房のせいで、乾燥し火照った肌が引きつって痛い。喉の奥の方に外の運動場から入ってくる細かい砂が張り付いて、むず痒い。
なんだか集中が途切れてしまった僕は、隣の列の一番前の席に座り俯いている小春さんをじっと見つめた。
才色兼備という言葉が小春さんほど似合う女の人に僕は出会ったことが無い。二週間前に引退試合が終わった剣道部の主将を務め、それと並行して生徒会長も務め、クラスメイトや先生方からの信頼も厚く、テストではいつも学年首位。はっきりした二重に意志の強そうな瞳、と左目の下にある泣きぼくろ、鼻筋もすっと通っていてどこかハーフっぽい。長い黒髪を校則通り顔にかからないよう、いつもきちんと一つに結わえている。
他の女の子がするように、先生が気づかないギリギリでのオシャレは一切しない。色付きのリップを使ってみたり、髪の毛を巻いてみたり。女子も男子も浮かれ騒ぐ体育祭や文化祭のときだってそういうことを小春さんがしてきたことは無かった。
小春さんは、完璧なのだ。何をやらせても、小春さんは完璧にこなす。隣のクラスの小春さんは、同じクラスになったことは無いけれど、昨年の生徒会選挙のときから僕の憧れだった。教室で目立ち過ぎず埋もれすぎない微妙な立ち位置で毎日、面倒なことに巻き込まれないようにだけ気を使って、毎日をなんとなく過ごしている僕とは大違いだ。恐れ多くて、一年前は声をかけることはおろか、会釈することすらできなかった。
そんな彼女が今、ぼくと、放課後の教室で、二人きりで勉強をしている。こんなに幸せなことってあるだろうか。ぼくは今年の夏から、ただ小春さんと同じ教室で同じ大学を目指して勉強をしたいがために、放課後毎日居残りして勉強している。おかげで成績はぐんぐん良くなった。定期的に受験させられる校内模試で、初めて全校一位をとったのは今年の6月のことだ。それから4回の模試を受けたが、僕の順位は下がらなかった。テストの成績での一位は小春さん、二位はぼく。模試での一位はぼく、二位はきっと小春さん。実際は喋ったこともないけれど、ぼくと彼女で配られる成績表の数字がいつ並んでいるのだ。
恋は人を幸福にする。それはどうにも本当らしい。
貰った数学のプリントが終わった。採点する前にトイレに行こう。僕は席を立ちあがり、通路側に出た。小春さんの席の手前で、少し速度を落とす。俯いている彼女の顔を覗き込んで、ギョッとした。
彼女は泣いていた。白い産毛の生えた頬の上を、さらさらした涙が伝う。大きな瞳をカッと見開き、唇を白くなるほど噛みしめて、それでも制服の襟が湿ってゆく。ぼくは思わず立ち止まった。小春さんの茶色の目がぼくを認めた。
小春さんが何事が呟いた。
掠れた、小さな声は暖房の音でかき消された。

「どうして、本気でやらないの」
小春さんは、手の中の模試結果とテストの結果表をぐしゃっと握りつぶした。
「どうしてテストでも本気を出さないのよ?勘違いしちゃうじゃない。自分が頭がイイって。勘違いしちゃうじゃない」
横隔膜の震えが大きくて、声というよりは音、叫びだった。驚いた。あんまりびっくりして、声も出なかった。
ぼくは何も言えないまま、廊下に出た。色んなびっくりが重なって、心臓が痛いくらいに大きく伸縮している。
漫画のなかのライバル同士のような関係だなぁとひっそり喜んでいたのはぼくだけだったのだ。小春さんの方では、ぼくはただ疎ましいだけの数字だったのだ。
泣きだしたいほどショックだったのに、小春さんがぼくのことを知っていてくれたことがそれでもちょっとだけ嬉しくて、涙は出なかった。
かくして、ぼくの初恋は終わったのである。

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「異性/青春/リョウコ」への2件のフィードバック

  1. 高3の自分を思い出すようで死ぬかと思いました。彼と同じ理由で教室に残って勉強したけど、私は全く成績が伸びなかった…。と、そんな話はさておき、描写を頑張ろうとしているのは分かったのですが、なんとも回りくどくてわかりづらい部分が多々ありました。砂が張り付いてむず痒い、とか、何度か想像しないと入り込めなくて、それが読むのを邪魔してしまっています。もっとシンプルにしてもいいのではないでしょうか。
    それにしても、私を含め、女が書く男ってのはやはり女々しいというか、綺麗すぎる気がしますね。きっと、男はもっと我々女には想像しがたいエグいことを考えてたりするんじゃないかなって。男子の皆さんの意見が聞きたくなりました。

  2. ライバルになれたと思っている男の子と1位の主人公にコンプレックスを持ってしまう女の子、この2人のすれ違いが秀逸。
    どっちかっていうと女の子の方が現実見てそうだもんね、納得。とか思ってしまうけど、実際の男の子はそのへんどうだったのだろう。あとは、模試で1位をとる男の子はもっとガチだったり大人っぽかったりするのかな、だとするとふわふわしすぎかな、とも思うのだけど、別にそこにリアルさを求めなくてもこの物語は綺麗に成立するからいいのかも。

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