赤い春/青春/YDK

窓の外には無邪気に部活を行う声が響き渡っている。彼は今日も一人教室の後ろの席からグラウンドを眺めていた。

「みんな、どうやって生きているんだろう……。」

僕は誰がどう見てもよくいる一般的な高校生だと思う、成績は平均より少し上、運動神経も悪くないし顔もまぁまぁだ。部活?帰宅部一択だった。わざわざ授業以外で他人とかかわる意味が分からない。というわけで基本的に放課後は教室でぼんやり外を見ながら勉強していることが多い。そうすると次第に思考があちらこちらに飛び始めるわけだ。いい方向ならまだしもいっつも悪い方向にいってしまうから困る。その結果、こんな疑問が生じてくるわけだが。

だってよく考えてみようよ? この閉鎖された学校という空間、あるいは家庭という環境においてなぜ自分は一定の役割を演じなければならないのか。生徒であり息子であったりするわけだけど、僕は僕でしかないはずなのに。
僕はどうして生きているのか。両親がいなければ別に死んでもいいってずっと思ってる。ほかの人も悲しんではくれると思うけど所詮他人だ。ほかに人間はこの世界にたくさんいる。僕一人死んだところで何かが変わるわけではない。何かに秀でているならまだしもこの僕だ。平均が一人死んでもこの世の平均も変わりはしない。
毎日クラスメイトに愛想笑いをして体裁をとりつくろって、教師の前でへこへこして、そんな生活に嫌気がさしているのに死なないのは結局怖いからなのかもしれない。生きてる意味だのなんだの言いながら勇気がないただの屑なんだ。
いや待て、もしかしたら僕は死ぬエネルギーもないくらい病んでいるのかもしれない。惰性で生きている……しかし外で活動している彼女たちにそんな発想はなさそうだ。やっぱり僕はほかの人とは少し違うのかもしれない。惰性で生きるのもきっと悪くないんだろうけどね。人生なんて妥協の塊でしかない。笑っちゃうね。生きにくい世の中だよ全く。

―――ふと、下を見ると、赤い血だまりができていた。    彼は乾いた笑いを浮かべながら、誰もいない教室でひとり呟く。

「あぁ……今日もやっちゃったよ。せっかく固まっていたのに。毎日毎日、よく飽きないなぁ我ながら。」

慣れた手つきで血をティッシュでふき取りながら彼はまだまだ考える。右手のカッターは使い慣れているのかすっかりさびと血液で赤茶色くなっている。

どうして僕は死んでもいいと言いながら、死にきれずにこんな行為を繰り返しているのだろう。どうしてカミソリではなくカッターを使うのだろう。貝印の剃刀を使えばもっと深く切れるのにどうしてカッターでメンヘラぶっているのだろう。死にたいのか生きたいのかはっきりしろって感じだ。自分が嫌いと言いながらこんな風な自分に酔っているだけのくせに。結局僕はなんだかんだ言って自分が大好きなんだ。傷ついてる自分を盾にして、頭おかしい風を装って、死にたいふりをして、生きたいんだ。何もない平均的な自分が嫌だから、努力せずに病むことで<普通とは違う>ように見せているだけじゃないか。 本当に弱い、脆い。努力をできない言い訳をカッターに託しているだけじゃ

「下校の時間です、校内にいる生徒は帰ってください」

校内放送で思考が止まってしまった。もうこんな時間か、今日もまたこんな時間の使い方をしてしまった。本当に自分はクズでゴミだ。さぁ帰ろう。

赤黒く染まる空の下で思考する彼の左腕には、無数の横線が走っていた。

0 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 5 (0 投票, 平均点: 0.00,  総合点:0  |  
投票する為にはユーザ登録する必要があります。
Loading...

「赤い春/青春/YDK」への3件のフィードバック

  1. 「異性を主人公にした文章」という難しいテーマの中で、病んでいる高校生を描けているのは素晴らしいと思います。しかし、普段からこの文章に載っているような考え事をしているような主人公が自分を「一般的な高校生」だと思っているところには、個人的に違和感を感じます。
    また、この文章は高校生を描いているのは事実だけれども、青春というテーマに合っているのかというと疑問が残ります。文章の本質を保ったうえでテーマに合わすとすれば、青春を楽しんでいる周囲との比較をもっと入れるなどすればいいのではないかと思います。

  2. 何者にもなれず澱んでいくという妄想は、自分かわいさを拗らせた思春期の典型例ですね。よく書けています。
    ただ「僕」と「彼」が同一人物なのは理解できますが、わざわざ客観視を導入する必要性には疑問を抱かざるを得ません。軽度の解離性障害(DD)であるという表現かもしれませんが、解離性同一性障害(DID、多重人格)の方が物語向きですし、客観視する「自分」にも人格や思考パターンがあるので書くのも容易です。

  3. 青春はだれしもにとってキラキラしたいい思い出とは限らないですね。思春期の不安定な若者の病んだ心情がとてもうまくかけていると思います。ただ最初から最後まで病んでいるだけという印象を受けたのでなにかもう一つ展開があるともっと良かったかもしれません。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。