たぬろー/はな/ふとん

ポスター、冊子、レジ前の山積みのチョコレートブラウニーに貼ってあるシール……
大学のいたるところにぼくはいる。
「タヌロー」それがぼくの名前らしい。
でも、由来が何なのか、誰に名付けられたのかも知らない。
ぼくには昔の記憶がない。

2年前、交通事故に遭った。
車にはねられて意識を失ったぼくを、一人の大学生の女の子が、僕を助けてくれた。
その子が病院まで運んでくれたおかげで、奇跡的に命は助かったけど、事故のショックでそれ以前の記憶がなくなってしまったらしい。

「うう・・・」
病院で目を覚ますと、一人の少女がぼくをのぞき込んでいた。
ふわふわとした長い髪、ぱっちりとした目の奥のきれいに透き通った瞳、筋の通った鼻にかわいらしい唇。
何が起こったのかわからなかった。
「よかった…!」
彼女は僕が生きていたことがわかり、すぐに去ってしまった。
一瞬の出来事だった。
枕もとのテーブルには胡蝶蘭が飾ってあった。彼女が持ってきてくれたものだったらしい。
これが、ぼくの一番古い記憶だ。

あれから、名前も聞かないまま去ってしまったあの子のことをいつも考えていた。
美しい顔と、一言だけ発せられたきれいな声だけは頭に焼き付いている。
胡蝶蘭の花言葉は、清純、純粋。あの子にぴったりな言葉だ。
あの子がいまのぼくの世界のはじまりだった。
看護師に聞いても、彼女が大学生だったことしかわからなかった。
あの子に、会いたい。

ぼくは退院したあと、大学生の健康と安全を見守る職についた。
学生の共済を広める仕事だ。
名前も住所もわからないあの子に、どんなに間接的でも、ほんの少しでもお礼がしたかった。

1年間がむしゃらに働いて、職場で頑張りを認められて共済推進責任者を任されるほどになった。
ふと思った。じぶんは一体、何なのだろう。
ここまであの子のことだけを思って生きてきて、じぶんのことを考えたことがなかった。

そうだ、ネットで検索してみればいいのか。便利な世の中だ。
「た、ぬ、ろ、う…、っと」
“タヌローのページ”
検索結果の一番上をクリックする。

学生総合共済のマスコットキャラクターのタヌローです。
 タヌローはタヌキのように見えますが、フクロウのようなものです。

「……」
なんなんだ。なんだよ、「ようなもの」って。
ぼくは人間じゃなかった。
それどころか、タヌキでもなく、タヌキのようなフクロウでもない。フクロウのようなもの???

じぶんをネットで検索するなんて変なことをするべきじゃなかった。
ぼくは、「~のようなもの」という曖昧すぎるいきものだった。
せめてどんないきものなのか調査中だったらよかった。
そんな試みすらなかった。
悲しかった。

ぼくは共済をさらに推進するため、全国の大学を回ることにした。
知名度が上がれば、あの子が気付いてくれるかもしれない。
ぼくのような得体のしれないいきものを助けてくれたなんて、ほんとうにいい子なのだろう。

行く先々でぼくは人気者になった。
「タヌローだ!」「タヌローいつもありがとう」
たくさんの大学生の言葉にやりがいを感じた。

そして、念願だったあの子を見つけるのに、そう時間はかからなかった。
彼女が、とある大学の冊子にミスコン候補者として載っていたのだ!
冊子にはまぎれもないあの子の写真と、いくつかの質問が載せてあった。

Q6、彼氏はいますか?

A、 ノーコメント

がーん…
大学のこの手の冊子を大量に読んできた僕には、この質問に答えないことが答えなのはわかっていた。
ぼくの記憶があるなかでの初恋は終わった。

それでもいい。
一言、会ってお礼が言えればそれでいいんだ。

正門の前でミスコン候補者がチラシを配るイベントめがけて、そこへ向かった。
かすみ草の花束を手に。花言葉は、ありがとう。

ぼくに気付いた彼女は、驚いていた。
「あのときの……!」
彼女はぼくに駆け寄って、ぎゅっと抱きしめてくれた。

「あのときの、たぬきちゃん!よく来たね!!」
柔らかい感触の中でしみじみとおもった。
そうか、ぼくはたぬきだったんだな。彼女のなかでは。

おわり

タヌローのページ
http://kyosai.univcoop.or.jp/tanuro.html

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「たぬろー/はな/ふとん」への4件のフィードバック

  1. いろんな疑問点があったけれど、さいきんたぬろーの紹介が生協にあって、少し興味を持っていたので面白かったです。それでもなんで書くほどまで興味を持ったのかを聞きたい。笑
    わからない点などはなかったけど、オマージュというと少し違う気もしました。オマージュというかキャラクター使用で止まっている印象。

  2. おもしろいところに目をつけたなと思いました。交通事故の件は自作なのかなと思ったら、そこもタヌローの設定の中にはいってるんですね。プロフィールをみてみたら確かに曖昧なところが多かったです(笑)タヌローの大学生を助けようと思った理由が恋というベタな展開ですが、読んでてとてもおろしろかったです。それだけに最後のオチがちょっと弱くてもったいないと思ってしまいました。

  3. たぬろーを知らなかったので、最初は謎でしたが、プロフィールを読んでみると、なるほどプロフィールに少し加える形でストーリーを作られているんだな、と感心しました。
    話はすっきりしていて、良かったと思います。おちがふわっとしてますが。
    たぬろーを擬人化した二次創作ですね。

  4. つい最近タヌローの紹介を生協で見て、なんじゃそりゃ、と突っ込んでいたところにこの文章。交通事故の部分は、いきなり設定がぶっ飛んだな、と思いきや、公式設定なんですね!?もうめっちゃ笑いました。怪我をし大学生に助けられるが、記憶をなくしたのでそれ以来大学生のサポートをしている………って何?公式が病気ってこれだなってずっと笑っています。
    ただ、オマージュかと言われると難しいところだし、その公式設定に負けないぐらいぶっ飛んで欲しかったです。

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