ぼんやりと/はな/染色体XY太郎

最初は何かと思いました。
高さは私の背丈よりも頭一つ分くらい大きくて、幅は、そうですね、私の両手を目一杯広げてもまた足りず、私が二人いてやっと収まるくらい。色は何と言えばいいのでしょうか、灰色?いや、どことなく赤みがかっている気もしますし、そうですね、とにかくあまり良い色ではありません。表面はテカテカと光っていて、そのくせボコボコとしていて、張り詰めている様にも思えますが、存外柔らかそうにも思えます。そして、たまに思い出した様にぶるぶると震えるんです。
それがまさか鼻だなんて。
私、笑ってしまいました。
その大きな鼻から、つつーっと洟水が垂れていて。元が洟水なものですから、下へ下へ流れていくにつれてどんどん、どんどんと細くなって行きます。まるで、釣糸のように細くなって行った先は、小さな小さな蜘蛛の尻に繋がっていて。一体、洟水なのやら蜘蛛のだした糸やらよくわかりませんが。そんな蜘蛛は黄色と蜘蛛の縞模様で。辺りには、助けを求める沢山の手が蠢いています。蠢めく手の源は何もかもが一塊になっていて、もしかしたらその塊も大きな鼻なのかもしれません。そんな塊が辺りには幾つも転がっています。
ここはどこでしょうか。
極楽では無いのでしょうから、きっと地獄なのだと思います。地獄ならば、燃え盛る牛車がなくてはなりません。その中では、着飾った美しい女が顔色も変えず、泣いているような、笑っているような顔で、ピクリともせずそのままの形で少しずつ燃えてなくなって行きます。灰一つ残さずに。いや、よく見ると猿もいますね。猿は笑っています。猿と思っているのは私だけで、本当はそれは爺かも知れません。いずれにせよ耳障りな声で笑っています。
ほら、耳を傾けてみてください。
まるで、生きているかの様な屏風でしょう。これは我が家の家宝なのです。この屏風だけはどうしても手放せないんですよ。これを手元に置くためならば、私はなんだってします。死人を汚す真似さえもできましょう。ええ、神も仏もないのです。髪の毛は私が全て引き抜いてしまいました。良いものを食べていたのでしょうね。黒く美しい、長い長い髪の毛です。私はこれで鬘を作りましょう。その鬘を被れば私もきっと、牛車の中で燃えるあの美しい女になることができる、そう信じています。ならば元の髪は抜いてしまわなければなりません。おや、存外するりするりと抜けてしまいますな。
もしや、私も……。
髪を抜いている手は誰のものでしょうか。その手の源を見るとそこには、そこには男。男は蜘蛛の糸の様に絡みつく老婆の白い髪を手から振り払おうと手をやたらを振っておりますが、なかなかに取れません。もう片方の手を使えば良いのにその男、左の頬を押さえたまま離そうとしない。手の平の中には何が隠されているのでしょうか。隠していればいかようにも想像ができましょう。もしかしたら、手の平を開いた先には玉虫が一匹止まっているのかも知れません。そうすれば、そこはきっと、すっかりくすんでしまった大鳥居になるでしょう。まだ、わかりません。知る為にはどうすれば良いか。そう、覗いてみれば良いのです。少し手が緩んできました。
目を凝らしてよく見てごらんなさい。
あれは……。

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「ぼんやりと/はな/染色体XY太郎」への4件のフィードバック

  1. 蜘蛛の糸なのかな。描写の描き方がうまく、イメージし易い。口調や書き方にも気を配っているようで統一感もあり非常に丁寧に描かれている感じ。強いて言えば少しだけ強弱があってもよかったのかなと思う。

  2. 芥川オンパレードって感じですね。地獄変が好きです。最初の不気味な導入が効いてるなあと思います。一文目に惹きつけられました。

  3. 文学に精通していなければ作れない作品でさすがだと思いました。自分はにわかなので蜘蛛の糸と羅生門くらいしかぴんと来なかったのですが、そのほかにもたくさんの作品を取り入れているのですね。それだけの文章を無理やり1つの文章に詰め込んだのに、しっかり成立させているあたり、流石だなあと。

  4. 世界が完成された文章だなあと。描写の不快感に対して爽やかなような、突き抜けたような女性の話が、いびつな話と合っていました。
    この屏風は生きているのかと思えるほどの生々しさがありました。

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