花の散るまで/はな/なべしま

轟音がした。
耳を聾する、というものではない。
遠雷は決して耳を塞ぎはしない。腹の底に響き、体の根底を震わせる。
そんな音だった。
その洞窟の入り口は林の中にある。
暗い。
暗いがそこに何もないのではない。
何か暗いものがある、そんな印象だった。
波打ち際の海藻のような、滞った池の藻のような、不愉快な柔らかさを足の裏に覚える。
登山靴を履いてきてよかった。
この靴でさえ、ずるずると足を取られる。
もしかすると、靴底がすり減っているのかもしれない。
一度足を滑らせたら、そのまま岩場に飲み込まれそうな気がした。
うっかりすれば、背中に背負ったリュックの中身をばら撒いてしまうだろう。
それだけは避けたかった。
もう少しだ。あと少し。
ただ足を動かした。
「兄さん」
いつの間にか足元の地面は深く落ち込んでいた。
深い崖だ。
底の方には水が溜まっているようだった。
音の正体はこれであったかと得心する。
「兄さんが私をここに連れてきてくれたの」
くぐもった声は背中からのものだ。
ゼリーのような感触が首にまわされる。
腕だ。
そのままおぶさるように、肩にずしりと妹がのしかかる。
「兄さんが置いていった時に、嫌われたのかと思った。隠れてたところから出ていくら探しても、兄さんいないんだもの」
よかった、と切なそうな声を漏らし、ぽろぽろと妹の顔から雫が垂れた。
数匹の蛆であった。

突然眼前の淵から甲高いフルートのような音色が立ち上る。
到底上手いとはいえない、キリキリと耳に残る不快な音色だったが、それに勇気付けられて僕は妹を高々と抱え上げる。
きゃあと楽しそうな声を上げる妹を暗闇に投げ落とし、僕は一目散に駆け戻った。



響くチャイムに目を開ける。
寝癖そのままのみすぼらしい姿だが、いたしかたあるまい。
さすがに目のクマも、ヒゲもそのままのニートのような格好を知り合いに見られるのは勘弁だ。だがどうやら宅配らしいし、何も問題はない。
やけに魚に似た顔をした配達員から、これまた魚のように、少々生臭さの残る荷物を受け取った。
身に覚えはないが、また何か注文したのだろうか。
床に積み上がり、薄っすらと埃の溜まった本を見て、本棚がそろそろ入り用だなとため息をついた。
テープをハサミで切り裂く。
幸いなことに本ではなかった。
見た目には美しいままの妹の入ったダンボールをそっと閉じて、靴底のゴムを変えるのは何度目だろうかと思いを馳せた。

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「花の散るまで/はな/なべしま」への3件のフィードバック

  1. インスマスですか。オマージュもとはわからないけれども、なんとなくぼんやりとした不安感に包まれた文章で好きです。後半のニートという言葉が浮いているので別の言葉に変えると統一感が出て良いと思います。構成としては結構良いなと思うので今後の活躍に期待ですね。

  2. 関係ないかも知れないが、何故か四畳半神話大系の語りのようだなという印象を受けた。あと、ちょっとした物の表現の仕方が独特で面白いなと思った(多分これのせい)。書き方もなんというか読ませる文章というか引きこまれていく感じ、個人的に結構好きな感じだった。

  3. なんだかとっても怖いというか、不思議というか、良い意味で内臓がやられるような、そんな雰囲気があって好きです。妹を投げ落とすっていう言葉の響きにやられました。

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