berceau/花(はな)/ノルニル

アナウンスを受け、位牌をおし抱いて収骨室へと向かう。部屋全体をおおう独特なにおい。
さと子はこのにおいが嫌いだった。死が実体をもってやってくるような、そんな感覚におそわれる。
火葬場の職員から簡単な説明を受け、合掌したのち箸を手に取り、まだ熱を保った伯母の遺骨と向き合った。

去年の暮れに階段から落ちて骨折したとき、股関節に入れたボルトが目についた。伯母のからだは焼けてしまってその骨も今にも崩れそうだというのに、人工の関節はいまだにその形を保っている。
なにか伯母の体でたしかな場所はないか。縋るように目を走らせると、骨の尖にむらさき色の染みがついていた。
夫の母の葬儀のさい、棺に入れた花の色が骨に移ることがあると聞いた。本当かどうかはわからないが、それは伯母が確かに生きたあかしのように感じた。

伯母は頑固な人だった。年老いて耳が遠くなってから買ってやった補聴器も、ノイズが嫌だと言って結局最後までほとんど使うことがなかった。電話で話しても、さと子の口調が少しでも激しくなればその言葉は耳に届かなくなった。
当然のことながらもともと少なかった友達は減っていき、わずかに残ったご近所さんもひとり、また一人とこの世を去っていった。
夫の勧めもあり、さと子は伯母に同居を持ちかけた。それでも、伯母は頑なに断りつづけた。施設に入居するのも嫌だという。
「うちはね、この家を守らんといかんのよ」
伯母は長女として家を任され、嫁に行くことすら許されなかった。その使命に90年たっても、ずっと囚われていた。
そうして最後は一人で呆けて、誰にも迷惑をかけずひとりで死んでいった。

さと子は幼いころに癌で母を亡くし、さと子と弟の母代わりとして父の姉である伯母のヒサコに白羽の矢が立った。
当時人形作りを生業としていた独り身のヒサコは、唐突におさな子ふたりを育てることになり、想像を絶する労苦だったろうとさと子は思う。事実ヒサコの作る食事といえば、白飯を炊いて豚汁を作ってそれだけというものだった。
ヒサコの作るみそ汁のたぐいはおいしく、さと子自身は満足していたが、同級生に昨夜の食事の内容を聞かれたときには恥ずかしくてたまらなかった。
また、ヒサコには癲癇(てんかん)の発作があった。今でこそ理解も進んできたが、ヒサコが若い娘だった時分はその理解も乏しく、ヒサコは家に囚われるほかなかったのだ。
急にうめきとも叫びとも取れない声をあげ、苦しみのたうち回る伯母の姿はさと子にとっても恐ろしかった。父がタオルを顔にかけて背中をなでてやるのを、遠くからじっと見ていた。

さと子は最後までヒサコのことを「おばちゃん」と呼びつづけた。ヒサコが「うちはあんたの本当のお母さんじゃないから」といって、母と呼ぶことを許さなかったからだ。
いま、自分の息子たちが伯母のことを「おばあちゃん」と呼ぶのを聞いて、救われたような気持ちになる反面、つらくもなる。
「おばあちゃんがなんと言おうと、俺らにとってはおばあちゃんが生まれたときからおばあちゃんやから」と長男が言うのを聞いて、どうして自分はそうすることができなかったのだろうとさと子は過去を悔いた。
それでも、結局「おかあさん」と呼ぶことはできなかった。

むらさきにみどりにピンク。色のついた骨を次々と拾って、壺に収めてふたをした。葬儀のとき、伯母の棺をいっぱいの花で埋め尽くしたことを思い返す。
花に囲まれて眠る小さくなった伯母の姿は、まるでゆりかごの中で眠る赤子のように思えた。とてもうつくしいもののように思えた。

さと子はいつまでも伯母のことを母と呼ぶことはできなかった。これからも無理だろう。それでも、できることなら伯母のように花に染まってうつくしく死にたいと、そう祈った。

参考: 井上靖「しろばんば」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%97%E3%82%8D%E3%81%B0%E3%82%93%E3%81%B0

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「berceau/花(はな)/ノルニル」への3件のフィードバック

  1. 骨にうつった花の色というのは、たしかにその人が生きている証であるが、どこか不気味で、伯母の生前の描写をより引き立たせていると思いました。

  2. 伯母とヒサコを使い分けているのは何か意図があるのでしょうか?文中に説明があるため困惑することはないと思うのですが、そこがどうなのか気になりました。

    身近な人の死という雰囲気がうまく表現されている作品であると自分は思いました。

    もう一つ気になるところとしては、題名であるberceau=ゆりかごの出番というか表現はこの作品のメインとして機能しきれいているのか?というところです。

  3. 残念ながら元ネタを知らなかったので、どこからどこまでが創作なのかが分からなくて評価がなかなか難しい。ただ、今期のはじめと比べて文体に統一感があり最後まで物語に浸ることができた。
    二時創作だとやはり原作のエピソードを削っているものだから、説明・解釈を説明することになってしまうと感じた。だからこの話を読んだことがある人はジーンとするのかもしれないが、所見だとどうしても論理的には理解したけど、感情が伴わないという状態にもなってしまうと思った。
    花の色が骨に染まるというのはとても素敵なモチーフで、最初のシーンの導入も知識すげえなと思ったけど、若干最後のうつくしく死にたいが言葉だけになってしまった印象。

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