ヒルコ/初恋/なべしま

恋とは、私の憧れでありました。
私の友人は口々に言ったものであります。
曰く、好きになればわかる。
曰く、するものではなくて落ちるものだと。
桜の散る頃にひとり。
夕立の激しい暮れにひとり。
月の映える晩にひとり。
友人は私を取り残していきました。
それでも私だけはいつまでも独り身で、恋しい気持ちなんて少しも湧いてこなかったのです。
そんな馬鹿馬鹿しい悩みを抱えていたのです、こんな馬鹿馬鹿しい初恋も許してもらえないでしょうか。
よく言うでしょう、幸せは探しに行くものではないと。
幸せはすぐそばにあると。
愛し愛されたいとずっと思っていたのです。気づかなかったなんて。
馬鹿ね、私の初恋は目の前に。
「大好きよ、」







八重子にせがまれるまま、電車に揺られ県境を越えた。
いや、これは高校受験が終わったご褒美なのだと言い訳をする。甘やかしているわけではない。
とはいえ実際、八重子は真面目に受験に取り組んでいた。人と遊ぶこともせず、部屋の明かりは明朝と言えるような時間まで消えることはなかった。
お蔭でこちらまで思わぬとばっちりを食らったのだが。
毎日話していた時間が無くなったのは、存外辛いものだった。
まともに顔も合わせられなかったのだ。
多少の我儘くらい許されたい。
広大な湖は、海のような果てしない印象はなかったが、湧いたばかりの泉のような清さがあった。
「ねえ、すごく冷たいよ」
いつの間にか靴も、靴下も脱いで裸足で水際を歩いている。
「おい、風邪ひくぞ」
慌てて腕を引く。足の指先が真っ赤に染まっていた。
「全然寒くないもん」
「鈍いだけだろう」
子供っぽいところが少しも抜けない。昔からそうだ。雨の日にはスカートの裾を濡らしてくるし、雪の日には冷え切った手をさすりながら笑っていた。
「鈍いって。年頃の娘に言う言葉じゃないわ」
デリカシーってもんがないのかねえ、などと言いながらも靴を履いてくれた。
なんだかんだ言って、素直な子なのだ。
「向こうに鮎の塩焼きの店があるから、そこへ行こうか。好きだったろう、鮎」
それを聞くとぱあっと顔を明るくして、こちらに駆けてくる。
この笑顔のためなら何だってしてやろうと思える。
頭の中で残りの札の枚数を数えつつも、嬉しげに鮎を齧る八重子を想像したら、思わず笑みがこぼれた。
「なに笑ってるの」
気持ち悪い、などと軽口を叩きながら八重子はこちらを見上げてくる。
昔はもっと目線が下にあったはずなのに、大きくなったものだ。そんなことを思いながら頭を撫でてやる。
「ねえ」
「ん、どうした」
「大好きよ、お父さま」
「鮎を買ってやるからだろ。現金な娘だな」

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「ヒルコ/初恋/なべしま」への2件のフィードバック

  1. 誰視点だったのかがハッキリ分からなかったが、娘と父親二人の視点から描いた物語なのだと勝手に解釈させてもらった。こういう形は解るのに少しラグがあるが、二度読むと更に面白く読めて個人的に好きな感じだった。また、初恋の捉え方も斬新でそっちの方に持っていくのも自然で凄いなと感じた。

  2. なべしまさんワールド全開という感じで楽しかったです。しかしこれ、実話!?というところがそもそもにしてありました。実話なら全然構わないのですが、わりと今回のテーマは「実話によせて書く」というところがネックでみんな失敗したり悩んだりしてそうだからです(わたしに限ってはそうです笑)。

    父親と娘、という近親相姦で、危うさがあって、でも感情は真っ直ぐで応えあってる様子が、奇妙で面白かったです。

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