いつしかそれは、挫折の記念日に/においのクリスマス/ばたこ

 

去年はソープに行った。初めての本番ができる風俗。きっかけはあまり覚えてない。今のバイトを始めてから割とお金に困らなくなったことと、高校の頃の同期と一緒にお酒を飲んでいて「クリスマスなんだから、パーッと使えよ」とか言われたことで、その場の勢いで行った気がする。待合室でガッチガチに緊張しながら吸ったタバコは、味がなんだか良くわからなかった。担当のお姉さんに年齢と経験人数を伝えたところ、「18なのに?クリスマスイヴなのに?初めてなのに?」って言われて笑われたのは良く覚えている。その時は敗北感もそして残念なことに大した満足感も得られなかったけど、この話をサークルの友人に伝えたら酷く残念な話という烙印を押された。面白い話として伝えたつもりなのにその扱いだった。

12月24日、クリスマスイヴ。渋谷の街は元からある大型ディスプレイや街灯に加えて、このシーズンだけの派手なイルミネーションに彩られて活気づいていた。街ゆく人は皆寒そうに体をゆすっていたが、それでも待ち合わせている人や行くあてがあるのだろう。心なしか楽しそうに、すこし浮き足立っているようにも見える。そんな若者たちを横目に見つつ、僕は一人ハチ公のそばにある喫煙所から渋谷の街に煙を吐き出していた。サンタの格好をした警察官が、喫煙所の前に立ちそこから出ないようにと指示を出しているのが見える。可愛そうに、クリスマスくらいもう少しまともな仕事をやらせてもいいだろうに。そんなことを考えていたらサンタと目があった。「お互い、辛いよな」そんな顔を向けられた気がする。僕がそのまま固まっていると、サンタは続けて言った。

「これからも、頑張ってください。応援しています」

多分僕に向けて言った言葉ではなかったのだろう。それでも僕は午前中の事を思い出さずにはいられなかった。

事務所に一本の電話を入れた。担当が電話に出てから、なんといって切り出せばよいのかわからず黙り込んでしまった。それでも相手は僕の伝えたかった内容が分かっていたんだろう。問い詰めることもせずに、ただゆっくりと、僕のたどたどしく紡ぐ言葉を聞いてくれた。大学との両立が厳しいこと、この頃自分の携わる活動の全てが中途半端になってしまっていること、ここを辞めてもまた他で絶対に夢を追い続ける意思があること。今までに何度も相談したその言葉を、注意深くゆっくりと説明した。話が終わってから相手はゆっくりと、

「これからも、頑張ってください。応援しています」

その一言だけを僕にくれた。お世辞かそうじゃないかくらいは区別できる。その人は何度も僕に可能性を提示してくれた。それでも自分も相手も信じることができずにこんな結末を選んでしまった。今更悔やんだところでもう引き返すことはできない。そこまで理解した上での選択だった。

いつの間にか吸っていたタバコが燃え尽きて、フィルターをひたすらに吸っていたと気が付いた。懐から更に一本を取り出し火をつける。味がなんだか匂いがなんだか、訳が分からなくなっていた。火をつけたばかりのそれを灰皿に投げ込み、そのまま他の残りも箱ごと捨てて喫煙所を後にした。

 

クリスマスは、挫折と不味いたばこの匂いがする。

ふるさと/匂いのクリスマス/ ふとん

こんなクリスマスは初めてだ。

12月24日。玄関を出ると、生ぬるい空気がコート越しに身体を包んだ。

学校までの道のり。 いつものように遅刻ぎりぎりに家を出て、ぎりぎりのくせにゆっくり歩く。

商店街のくすんだピンク色のブロックの地面を革靴の底がかつ、と鳴らす。 お茶屋さんも八百屋も、客がいるのを見たことがない。スーパーがすぐ近くにある今、誰がお茶屋でお茶を、八百屋で野菜を買うんだろう。絶対に赤字のはずなのに大丈夫なんだろうか。

洋風のおしゃれな家の手入れされた深緑の植木にはオレンジ色のふさふさした花が咲いていて、家主のまめで器用な主婦であるだろう人を思い浮かべて、意外と美人ではなさそうな気がして、やめた。

きつい坂に差し掛かるところに、3回に1回くらいの頻度で遭遇する茶色くなった落ち葉をほうきで掃いているおじさんがいた。 きょうも、お寺の格言の意味はよくわからなかった。

少し上ったところの民家のブロック塀からはみ出た枝たちにグレープフルーツではないんだろうけどそれみたいな黄色い柑橘がぼんぼんぶら下がっていて、その光景への何回見ても消えない違和感がやっぱりあって、まるこちゃんとかサザエさんの背景みたいだ、と思った。

公園の脇の道の紅葉と銀杏はきょうも見事なコントラストを成していて、唐突にわたしの不満が爆発した。

まだ秋じゃないか!

いつ、冬が来るんだろう。 11月あたりからずっとそう思ってきたのに、ついに冬らしい冬が来ないままクリスマスを迎えてしまった。 暦では年末なのだから冬のはずだ。 ということは、私の知っている冬はここには来ないのかもしれない。

春、夏、秋、春、夏、秋・・・ なんとさみしい1年だろう。

冬っていうのは、クリスマスっていうのは! 去年のクリスマスを思い出す。

センターを目前に控えた私は18時頃に自習を終えて、セーラー服の上にカーディガンとダッフルコートとマフラーと手袋とムートンブーツを装備して学校を出た。

外は真っ白で、キーンと澄んだ空気とたまに通る車の微かなガソリンの匂いを分厚いマフラー越しに吸いこむ。 木の枝に葉っぱはついていなくて、代わりに雪が白く丸くもったりと乗っかっていて。 できるだけ歩きやすいように誰かの足跡の上を踏み進むと鳴る音は、わしわし、ぎゅっぎゅっ。

除雪車に積まれた歩道と車道の間の雪山に、降ったばかりのさらさらの雪が乗っかって、一粒一粒の結晶が街灯に反射してきらきらと輝く。 ディズニーランドのイッツアスモールワールドの、人工的なラメで再現した偽物とは比べ物にならない自然の美しさだ。 道を照らすのは街灯しかないのに、白が反射するおかげで地面は驚くほど明るい。

30分ほどの道のりを経て家に帰るとクリスマスパーティーの準備ができていて、鼻を赤くしたわたしを、お母さんとお父さんと妹と香ばしいチキンの匂いが迎えてくれた。


大学に着いた。 秋らしくナナカマドの実がぎっしりと生っているのを見て、現実に引き戻される。   冬が恋しかっただけのはずなのに、家族に会いたくなってしまった。 帰省まであと3日。頑張ろう。

クリの花/においのクリスマス/T

江沼が、ちょっと前に付き合い始めた彼女と、昨日の夜に一線を越えたらしい。部室で会った時になんとなくニヤニヤしてたから、したの?って聞いたら、したよって。

 

「よかったね。ご卒業おめでとうございます。」

 

「ありがと。お先に。」

 

なぜか一瞬真顔になったあと、江沼はまた元のニヤニヤに戻った。その顔を見て俺もなんとなくにやける。そのあとは帰省の話とかサークルの新年会の話とかしかしなかったけど、俺が部室から先に出るときに、お前にサンタからプレゼントやるよって蝶の派手なパッケージのコンドームを一個くれた。俺使う機会ないし、サンタさんこれからたくさん要るだろって言って返そうとしたけど、いいからありがたく貰っておけとかなんとか言って、あいつは受け取らなかった。

 

 

バイトから帰宅してパスタの冷食をチンして食べたあと、江沼に貰った派手なコンドームを机の上に置いて眺めた。高校の時友達とふざけてコンビニで買って、水入れて割って遊んだな。懐かしい。江沼はこれを正規の用途で使用したんだよな…。

江沼の彼女は学部違うけど同じ大学だから、二人で歩いてるとこに何回か出くわしたことがある。高身長の江沼の胸くらいまでしか背がなくて、黒髪のショートカットだった気がする。あんまりしゃべらなくて落ち着いた雰囲気の子だったけど、たまに江沼の顔見上げて優しく笑ってて可愛かった。いいなあ、江沼って見てて思ったよ。

…あんなおとなしい女の子と江沼が二人でエロいことするって想像してたら、なんか落ち着かなくなってきた。

 

 

 

 

一瞬の快楽のあとの、絶望。

ティッシュで受け止めて、受け止めきれなくて床まで飛んでいったのを軽く拭く。ティッシュを持った手がくさい。栗の花のにおいとかよく言うけど、栗の木に花咲いてるのなんかみたことない。丸めてごみ箱にシュートしたけど、外れてまた床に転がる。めんどくさいから無視する。無視する。

 

 

 

 

…可愛い彼女と聖夜をともに過ごした江沼も、友達のカップルをオカズにしちゃうような俺も、同じ19歳の冬を過ごしていて、というか昨日の夜までは同じ童貞だったはずなのになんでだよこの差はどこにあるんだよ何だろう俺が背160cmしかないからかな江沼みたいに背高かったら彼女できてすぐヤれるのかないや身長は実際恋には関係ないって知恵袋に書いてあったし結局は性格だって書いてあったしいや俺コミュ障だし別に優しくないし江沼みたいに面白い話とかできたり聞き上手じゃないしそんなん無理だしくそなんで江沼にできて俺にできないんだよ死ねよ江沼てかおれが死ねばいい死にたい

 

 

 

 

鼻がツンとした。部屋の中に溜まる栗の花のにおい。立ち上がって、一度無視したのをごみ箱に投げ入れたあと、中のごみ全部袋に入れて縛った。いつもよりきつく縛って部屋の外に出して置いた。明後日帰省する前に出しに行かないといけない。

 

 

 

 

(締め切りにこんなに遅れて申し訳ありません。ペナルティ履行します…。)

わたしの/においのクリスマス/眉毛

クリスマスの日は木曜日が多い。そんな気がする。

 

木曜日はお習字の日。3才からずっと習ってもう15年目、毎週毎週、家から少し離れた隣の地区の教室まで、自転車で行っている。

習字教室までの道は田んぼが多い。木曜日は6時間目まであるから時間も結構ギリギリで、わたしはスピードを出して田んぼを走る。秋は稲穂のあのなんともいえない甘い匂いがちゃんとして、その中を自転車で走るのはなかなか好きだった。

 

冬のこのクリスマスの時期、だいたい田んぼは燃やされて、あたりをあの煙のにおいが覆う。たぶん稲刈りのあとを燃やして、灰が肥料になったりするんやろう。あの煙のにおいの中を歩くだけで髪ににおいがつくし、ベランダに洗濯物を干していた日は最悪。もう一回洗濯したくなる。

 

それでもわたしはあの燃やした煙のにおいが好きで、いまでもクリスマスと聞くとあのにおいを思い出してしまう。3才からずっとにおいつづけてきたあの煙。田んぼを燃やすおかげで、来年の秋もあの稲穂の甘い匂いを感じられる。

 

お習字から帰ると結構な時間になっていて、クリスマスパーティーなんか当然できない。もちろん、木曜日じゃないクリスマスは、ちゃんとパーティーする。そのときはチキンのにおいもケーキのにおいも、キャンドルのにおいも、たくさん感じられる。なのに、わたしのクリスマスのにおいはあの燃やしたにおい。そんなに木曜日が多かったのかな。もう一度お習字習いたいな。あれだけ続けたんやもん、やっぱり好きやったな。

 

大学生になってクリスマスは出かけるにしろバイトするにしろ、人工物に囲まれている。イルミネーションとか、もろ人工物。そんなときにあの田んぼの燃えたにおいを思い出すと、ノスタルジックな気持ちになって、早く帰省したいな、年末もうすぐやな、って。

今年もきっとそんなクリスマス。

 

 

荷負のクリスマス/においのクリスマス/ピーポ

・荷負のクリスマス
彼女がいるクリスマスは人生で二度目ですが、一度目のときに付き合っていた彼女は塩対応がデフォな超バイト戦士で、当然のようにクリスマス当日もバイトを入れていたので、本当の恋人たちのクリスマスは今回が初となります。
ちなみに、一人目の彼女は「クリスマスにカップルっぽいことして何が楽しいんだよ!!」とか言っちゃう人だったので、こういう人が増えれば世の男性は本当に気が楽になると思います。
さて、彼女と過ごすクリスマスと聞くと、彼女いない歴=年齢の童貞だった頃はそれはそれはもう羨んで仕方が無いほどのものだったのですが、いざ実際にクリスマスを目前にしてみると、やっぱりめんどくさい。
ここで初めて世の男性方のお気持ちがよーくわかりました。
あ、このエッセイは清田スタジオの大半をしめる童貞君や独身男性には自慢話にしか聞こえないかもしれませんが、実際ただの自慢話です。
本筋に戻ります。クリスマスはとにかくめんどくさいのです。
そもそもクリスマスなんて外食産業が仕組んだ巧妙な戦略なのです。
それが証拠に、日本のクリスマスは彼らが儲かるように、うまく日本文化にカルチャライズされてるじゃないですか。
アメリカ人に「クリスマスはケンタッキーだよね!」なんて言うと七面鳥で殴られますよ、本当に。
閑話休題。
さて「クリスマスどうしよっか」と私が尋ねると、彼女はいじらしく「一緒にいられるだけで嬉しいよ♡」とか言ってくれるのですが、本当は絶対期待しているのです。
心の中は「どんなクリスマスにしてくれるんだろな~~((o(´∀`)o))ワクワク」って感じになっているのです。
ならば、ここで男は期待に応えなければならないでしょう。
人間関係をうまく発展させるためには、相手が隠している欲望を充足させてあげることが不可欠ですから。
そこで私は考えに考えました。彼女は何をすれば喜んでくれるのだろうかと。
まずクリスマスといえばプレゼントだろうということで、プレゼントを選ぶことにしました。
ですが、何を買えば喜ぶのかさっぱり思いつかないのです。
友人(モテない)にアドバイスを求めると「服とかいいよ!」とのお言葉を頂きましたが、本人の趣味趣向が出るものは「わ~~!すごいうれし~い!」と口で言いながらも、心のなかで「うわ…なにこれ…ダッサ…イラネ」となる可能性があるのであまり良くないと思いました。
なら、家電だ!そういえば最近エアコンで目や喉が乾燥する!と言っていたので、加湿器とかどうかな、と思って調べましたがやっぱり高い。
それに加湿器なんかこの時期しか使わないし、一人暮らしのうさぎ小屋のような狭い部屋じゃ、そんなものなくても洗濯物を干すだけでなんとかなったりするものです。よって却下。
よくよく考えてみると必要な家電って、一人暮らしの人は大体一通り揃ってるんですよね。
新しく何かをあげても結局使わなくて、どっかで無駄にスペースを取りながらホコリを被ってることの方が多いような気もする(流しそうめん機とか、缶ビールサーバーとかもらったけど使ってない)。
だから家電自体却下だな、ってことにしました。
そんなこんなでプレゼントについて考えるだけでも1000字くらい使うほど悩んでも答えが出ない。
人にモノをあげて喜ばせるというのはこんなに難しいものなのかと。
結局「ペアリングとかあげれば絶対喜ぶじゃん!でも恥ずっ!!」とか思いながらペアリングを選んだのですが、なんでこんなもんが3万円もするんだと思うくらいちゃちいすよね。アレ。
だから、楽天で安っすいの買いました。3000円ナリ。どうせバレない。
こんな安物でもシチュエーションさえうまく作って、それなりと雰囲気で渡せば、人は簡単に勘違いしてくれるのです。
考えに考え、安いリングを買ったはいいものの、次はどんな風に空気をつくって渡そうか考える羽目になります。
結局悩みは尽きない。あーあ、これクリスマスのつらいところね。
もっかい言うけど、自慢です。

クリスマスは匂いだけ/においのクリスマス/のっぽ

クリスマスは本当にいい匂いがする。
字面だけで香ばしい。まさに一年で最大のイベントであり、世界中の人が心待ちにする日だ。
街はイルミネーションで飾り付けられ、日頃は地味な通りもその日だけはきらびやかに輝きだす。家々はイルミネーションで飾られ、外に出れば嫌でもクリスマスの匂いがしてくる。

僕はクリスマスの味を知らない。いや、僕だけじゃない。誰もクリスマスの味は知らない。

クリスマスは匂いだけだ。とっても美味しそうなイチゴのホールケーキも、ジューシーに焼かれたチキンもクリスマスの味じゃない。赤レンガ倉庫を彩るイルミネーションの海の中を2人で歩くこともクリスマスの味じゃない。サンタの恰好をして家族とパーティーを催すのもクリスマスの味じゃない。全部匂いだけ。

クリスマスは食べた気になる。おしゃれなレストランでディナーを食べて、2人でケーキを選んで、帰り道に手をつなげばそれでおなかいっぱいだ。おいしいクリスマスだったと思うに違いない。しかし、実際におなかの中には何にも入っていない。空っぽだ。口にすら何も入っていない。全部匂いだけ。

クリスマスじゃなくたって七面鳥はおいしく食べられる。クリスマスじゃなくたってイルミネーションはきれいだ。クリスマスじゃなくたってイチゴのショートケーキはデパ地下に並ぶ。クリスマスじゃなくたって赤と白の服を着ることはできる。クリスマスじゃなくたってなんだってできる。全部匂いだけ。

クリスマスってなんだ。みんながクリスマスをさも食べているかのような顔をするけれど、誰一人としてちゃんと食べられていないじゃないか。そしてクリスマスは食べられないくせに、僕らにたくさんの要求をする。ペアリング、ネックレス、バッグ…買ったからといってクリスマスを食べられるわけじゃないのに、プレゼントを贈ることを要求する。

匂いだけのクリスマスなんてもうやってられない。
だから、今年は大きな靴下をベッドの脇にかけて寝よう。
今年こそクリスマスを食べられますように。

じんせいはいちどきり!/においのクリスマス/五目いなり

私は、クリスマスが好きだ。
一緒に過ごす恋人がいるわけでも、
プレゼントをもらえるわけでもない。
けれど、クリスマスの日のあの街の輝きと、道行く人の花も咲いた様な笑顔は、とっても愛おしいと思う。
今年はホワイトクリスマスになるでしょう、と告げた天気予報も言った通り、今日の街にはうっすら雪が積もっている。
雪の積もった薄い色の石畳の道は、粉砂糖でお化粧したシュークリームの様で、可愛らしくてたまらない。
赤や緑で彩られた街を飾る小さな電飾は、まるで街に撒かれた金平糖みたいで、なんだか幸せな気分になる。
私は、クリスマスが好きだ。
恋人なんか、プレゼントなんかなくっても、クリスマスはクリスマス。
いろんな人の輝く笑顔に囲まれながら、サンタクロースを演じるのだって、楽しいとは思わない?

「メリークリスマス、良い夜を!」
ケーキを受け取り腕を組んで店を出て行くカップルを、手を振りながらとびきりの笑顔で見送った。
頭に被ったサンタクロースの帽子は少しだけ大きくて、綿菓子みたいな帽子飾りは動く度にぽこぽこ揺れる。
ああ、幸せだ。
次のお客さんの注文を聞きながら、その綻ぶ笑顔に、幸せを感じてしまう。
だって、家族がいて、仕事があって、人を笑顔にすることができて、こんなに幸せなことって他にある?
少なくとも、私にはない。
何をやっていても楽しいと思えることが、最高に幸せだ。
きっと私はこの世で一番も幸せ者に違いないと思いながら、私は次の注文を箱に詰めて、私はまたサンタになって手を振った。

「お疲れさっちゃん、今日はもう上がっていいよ」
「はい、ありがとうございます!」
ラッシュを終えて裏方へ戻ると、小さなケーキの箱を抱えた店長がにっこり笑った。
最近太ったとしばらく前に悩ましげに言っていた店長は、白いひげの飾りをつけて、本物のサンタクロースの様だった。
サンタさんみたいですね、と思わず漏らすと、店長は「どういう意味かな?」と苦笑する。
しばらくくすくす笑っていると、咳払いした店長が、手に持っていたケーキの箱を私に向かって差し出した。
「ほら、今日は頑張ったから、お土産に持っておいで。家族も待ってるんだから、早く帰ってあげなさい」
「え、いいんですか!?」
「ああ、どうせちょっと形が崩れて売り物にはできないから。さっちゃんなら、美味しく食べてくれるでしょう?」
「ありがとうございます、サンタさん!」
「いや、店長だから!」
サンタさん、もとい店長からケーキの箱を受け取って、私は店の外へ急ぐ。
気をつけて帰るんだよ、という忠告を守りながら、滑らない様に早足で街をかける。
被ったままだったサンタの帽子をひょこひょこと揺らしながら、私は走る。
この格好でケーキをあげたら弟はさぞ喜ぶだろうなあなんて、どこまでも幸せな想像を浮かべながら。

夜の街はもう少しだけ落ち着き始めて、子供連れよりもカップルが目立つ時間になっている。
幸せそうに寄り添う男女を見て、全く全然これっぽっちも羨ましくないと言ったら、嘘になる。
けれども私は自分のそばに恋人がいることよりも、恋人たちを見守っている方が、今は幸せ。
いつかはそうじゃない日がくるかもしれないと思うと少しだけ怖くなるけれど、その日にはその日の私がいると思えば怖くない。
家路を急げばだんだんとイルミネーションの数も少なくなり、明かりの落ち着いた住宅街へ差し掛かる。
歩き慣れた道をケーキだけは崩さない様に守りながら慎重に進んでいると、ふと、火薬の匂いがした。
きっと、どこかの家のクラッカーに違いない。
けれどもその煙の匂いは、私を別の場所へと旅立たせる。

もしも私に、家族なんていなかったら。
もしも私に、大切な人がいなければ。
もしも私が、今の私じゃなかったら。

空気に乗った火薬の煙はすぐに冷たい風の中へ、消えてしまった。
けれども私は、思い出す。

硝煙靡く戦場。
塵に塗れた路地裏。
死んだ子猫の亡骸。
足を失った自分の身体。

どれもこれも、妄想の産物には違いない。

だって私はこの国で生まれて、家族と一緒に生きてきて、何一つ大事なものなんてなくしてなくて、体は五体満足だ。
けれどもそんな痛みを伴う嘘の記憶は、どこまでも私を幸福に導いてくれる。

血塗れの記憶は、泥水を啜りながらも生きていく強い私。
泥塗れの記憶は、見上げた夜空に星を探して歌う私。
涙に濡れた記憶は、一途な愛情を抱き続けて死ぬ私。
喪失の記憶は、何にも負けない強い意志で生き抜く私。

まるで、悲劇のヒロインだ。
自分に酔えば、不幸なんて感じ得ない。
それは幸せだと、私は思っているのだから。

それこそ、クリスマスの街と同じくらいに。

「あれ、おねーちゃんそんなところで何やってるの?風邪引いちゃうよ!」

弟の呼ぶ声にはっとして、私は現実に戻ってくる。
いつの間にか、私は家の真ん前にやっていた。
手の中のケーキの箱は、歪んでいない、大丈夫だ。
弟は私の冷え切った手を捕まえると、そこ暖かな両手で温める様に握って、家の中へと引っ張ってくる。

「あのね、今日はお父さん、早く帰ってきたんだよ!お母さんも、たくさんご馳走作って待ってるよ!」
「そっか、じゃあ早く帰らなきゃね」

ただいまと、弟と二人、声を揃えて家に入る。
両親のおかえりという柔らかい声と、鼻腔をくすぐる母の料理に幸せを感じながら、私は自分の家に、入った。
そこに確かな幸せを感じながら。

或る男の最期/においのクリスマス/リョウコ

クリスマスでも平日ならば仕事はあるし、人が死ぬ。
12月24日の午後19時過ぎ、通勤特急横浜中華街行きはいつもと変わらず混雑していた。左隣に立っている香水のキツイOLは、先ほどからスマートフォンの画面ばかりをじっとみつめていて、ワックスで固められた立て巻のカールが後ろの中年の背中と自分の背中でぺちゃんこになっていることに気が付いていない。右隣の受験生らしき少年は、大きなマスクで不機嫌そうな顔の半分を隠し、引きちぎるような勢いで単語帳のページを捲っている。
俺はぼんやりと窓ガラスに映る聖夜の満員電車を眺めた。

「ねえ、知ってた?」
不意に三日前に別れた彼女の声が聞こえた。
「幸せで人は死ぬんだって」
下世話な話の好きな女だった。誰それが別れただの、芸能人のあの人は実は自殺だったらしい、だのと裏付けの薄いゴシップを鵜呑みにして嬉しそうに俺に耳打ちしてきた。スタイルも顔もそれなりの彼女と、3年間は恋人だった。別れるまでの1年はただのセフレのようだった。
幸せの匂いで人は死ぬ。某有名大学の教授が研究の結果でどうたらこうたら。だからクリスマスには毎年日本国内で十数人は死んでいる。
同じ大学に通っていたのに、随分と頭の弱い人だったなあとぼんやり思う。それでも居なくなるとなんだか寂しい気がするもので、この聖夜に明かりも女も無い部屋に一人で帰るのが憂鬱だった。

駅前で必死にケーキを売りさばくサンタ服を着た女の子のミニスカートから伸びる足が不安になるくらい細くて心もとなかったので、少し高めのチキンのセットと一緒にワンホール購入した。
開きっぱなしのノートパソコンの前に4ピース入りのチキンの箱とホールケーキを並べ、コンビニで買った安い赤ワインを開ける。冷めきったチキンの重たい油の匂いと、エアコンの埃っぽい匂いが混ざり合って、男一人の部屋の虚しい匂いになる。
温まってきた指先でキーをはじいて、ユーチューブで適当に音楽を垂れ流す。食べ方に口を出す人間が居ないので、チキンを片手で鷲掴み、空いた手でフォークを握ってケーキを貪る。ガブガブとワインを飲むと、疲れからかすぐに酔いが回った。
ランダム再生で流れてきたスローテンポのロックを聴きながらゆっくり目を閉じると、心地よい眠りの波に意識が攫われた。
一人きりの部屋の中、俺は彼女とずっと別れたかったのだとぼんやり思った。幸せなクリスマスだった。

東京/においのクリスマス/山百合

「男女間の親和は全部恋愛であるとするなら、私たちの場合も、そりゃそうかも知れないけど、しかし私は、そのひとに就いて煩悶した事は一度も無いし、またそのひとも、芝居がかったややこしい事はきらっていた。」

 

クリスマスが近づくと、騒がしくなることは騒がしくなるのだが、自分の領域まで浸食されているとは感じない。それどころか、恋人同士よりもそれを疎ましく思う声の方が、自分の立場に近いだけに、煩わしく感じる。クリスマスに何かをしなければならない義理は無い。そもそも、一般的に思われているクリスマスの過ごし方にはさほど魅力を感じない。クリスマスは口実にはなっても、過ごし方に特筆すべきものは見当たらない。

恋愛とは、なんだ?究極的には、愛する二人が満足すればいいのである。それは、クリスマスをどう過ごすかには関係ない。楽しければ、それでいい。さらに言えば、より二人だけの共有する物語が積み立てられるのなら、その方がいい。だとしたら、よりにもよって皆が同じような過ごし方しか考えられないようなクリスマスはイベント事としてつまらない部類に入る。

幸いにも、今年の冬は良作映画に恵まれている。これを見て回るだけでもだいぶ気は晴れるだろう。模型もいい。組み立てたはいいが塗装を済ませていないキットが山ほどある。イルミネーションを見るのも嫌いではない。家族連れで埋め尽くされたヨドバシカメラでの買い物も、風流だと見てしまえばよい。

 

「私にはなぜだか、この子の喜びのほうが母の喜びよりも純粋で深いもののように思われた。」

 

とは言ってみたものの、いつもより口臭を気にしてしまう自分もいる。表向きは平静を装いながら、ギリギリ気にならないレベルを探ると、口臭程度が限度なのだ。それに気にするだけで特に工夫を凝らそうと行動に移すまでには至らない。誰に向けて言い訳をしているのか。勿論自分以外に誰がいる。純粋にクリスマスの空気を楽しむのも、何かを期待するのも、どちらも自然な感情だ。だからこそ、折り合いを付けなくてはならない。そちらの感情は留めなくてはならない。それは中途半端な態度を繰り返した経験則である。

 

「私は今宵の邂逅を出来るだけロオマンチックに煽るように努めた。」

 

太宰治『メリイクリスマス』より

ステンレス/においのクリスマス/やきさば

もやもやしていた。もう一週間近く会えていなくて、たまたま二人の都合が合わなかっただけだけど、ずっともやもやしていた。多分、いやきっと会えていないのが原因。今までは定期的に会えていたのにそれがぴったりとやんでしまったから。なんでそうなったのかはほんとにただの偶然だけど。

正直もう限界だ。なにをやってもたどり着くのはただ一人。どんなときでも頭の中に彼がいて、どんどん私の中に侵入してくる。わたしの体と心の中間地点にどうしてもつかめないあのあったかさがあって、それは一度知ってしまったらもう戻れない。欲しくて欲しくてたまらない。こんなに切なくなるならいっそ知らなければよかったかもしれない、と思うけど結局は「かもしれない」であって知らなければよかったなんて本心でこれっぽっちも思ってない。もう毒されてしまっているのだ。気づけばここ数日、抜け殻のような生活をしていた。

それから3日ほど経った朝、ギリギリまで粘って、一生分なんじゃないかという勇気を振り絞って、なんとか授業後の約束を取り付けた。「今日授業のあと会えない?」「いいよ」返事は秒で返ってきた。一瞬にして心の中のもやもやは消え去った。今までの私の苦しみはなんだったのだろう。会えることが決まったのになんだか素直に喜べない。久しぶりだからだろうか、緊張してどんな顔して会えばいいのかわからない。ずっとこの約束を待っていたはずなのに。消えたはずのもやもやは、形を変えてまだ私の中に留まっていた。

約束通り、授業後に合流してわたしの家に向かった。ちょうどお昼の時間だったので、何か作ろうと台所に立って洗い物をしていたら、左肩に何かがかかった。人の気配と届いてくる声の大きさからそれが彼の顎だとわかった。

どうしよう、近い。

洗っていた鍋を鼻に近づけてみる。ステンレスの匂いがした。
「ステンレスの匂いがするよ。水筒みたいなやつ」
そういって隣にある彼の鼻に鍋を近づけた。
「よくわからない」
返事は期待外れのものだった。でも、そう返ってくるのはわかっていた。実際わたしだってステンレスの匂いがするとは思っていなかった。ていうかステンレスの匂いってどんな匂いだよ。意味わかんない。いきなり近づいた距離にどうしていいかわからなくて、かろうじて起こせた行動がそれだったのだ。頭がパニックになりながらも、心身ともにギリギリの精神状態の中でなんとかつかみ取った最後の綱がそれだったのだ。

次の日はスープジャーを洗った。シチューがこびりついて汚れを落とすのに大変だった。鼻に近づけて匂いを嗅いでみる。ステンレスの匂いはやっぱりしなかった。明日は彼と過ごす初めてのクリスマスだ。ステンレスの匂いなんてもう、言わない。