今も昔も/初恋/YDK

今も昔も

「あたち、おっきくなったらゆーやくんとけっこんする!」
「ぼく、おっきくなったらみやこちゃんとけっこんする!」

あれは、初恋だったのだろうか。気付いた時にはお互いがお互いを好きで、周りの大人も友達も当然のように受け入れていて。親同士の仲の良さが原因だったと言われればそれまでなのだが、それでも好きだったような気がする。何と言っても3歳の頃のことだ。どう考えてもませた女の子とませた男の子の一時の気の迷いだったのかもしれない。保育園にいるときは遊ぶときもご飯の時もずーっと一緒にいた。

とは言っても、いつか終わりは来るわけで、彼とは小学一年生の時にパンツの話で別れた。別れた、というと付き合っていたように聞こえるけど、さすがにこの頃のことはノーカンかな、と思っている。ちなみにパンツの話というのは、彼が私のパンツをうんぬんかんぬん(覚えてない)とか言ったから私が嫌になった……という流れだった。 今考えても全く意味がわからないけど、まぁ嫌だったのだから仕方ない。人を振ったのは後にも先にもこれが最初で最後になると思う。
相手のことを考えて逆に行動できなくなってしまったのは大人になった弊害だろう。単に我儘を正当化しているだけかもしれないけど。

なにせ、あの頃の恋と呼べるかもわからないままごとは、純粋な欲望に忠実で、好きだから好き、嫌いだから嫌い、それだけのことで成立していた。とても眩しくてちょっと羨ましくなる。今の恋愛は、利害や汚い欲望や嫉妬にまみれて楽しいけど苦しくて、苦しいけど楽しい。昔は甘いものを甘いと言えていた、それが今では甘すぎると文句を言い、苦すぎると甘いものが欲しいという。一人でいると寂しいくせに、二人でいるとたまにうっとおしくなっちゃう。でもやっぱり一人は寂しい。そうやってぐるぐるしながらお互い手を離せないし、離す気もない、なんて本当に両思いなのだろうか。
共依存と両想いの違いを考えながら恋愛をしなければならないなんて、本当に、本当に、寂しい。

とまぁ、話が逸れてしまったけど、私の初恋は3歳の頃ゆーやくんに捧げたのかもしれない。……三つ子の魂百までというのか、中学生になって彼のことをまたしても好きになったのは、また別のお話。

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「今も昔も/初恋/YDK」への3件のフィードバック

  1. 純粋な欲望に忠実になれない、すごくわかります。じぶんの欲望をむき出しにして、相手に嫌われるのが怖くて、いつも少し斜に構えてしまいます。わたしの場合、「嫌われるのが怖い」という我儘を正当化してしまっているのだなあとしみじみ考えました。
    中学生になって、彼をまた好きになったあとの話も聞きたいです。

  2. すごく共感しました。このくらいの歳になるとただ好きなだけじゃなくて、他にも色々と考えなくてはならないってことがすごく煩わしいです。それだけに幼い頃の人を好きであった記憶が羨ましくなるんですね。共依存と両想いの違いがわからない。これが僕の最近の悩みです。

  3. なにせ、から始まる段落、すごく、わかります。でも、もともと、人間における「好き」とかいう感情に純粋なものなんてなく、はなから汚いものなのかもしれないとも思います。幼い頃の「好き」はある種薄っぺらいというか、利己的な「好き」の方がよっぽど人間らしいのかもしれないなと思いました。
    今の恋に対して「楽しい」と「寂しい」という真逆の感情を抱いているのが、人間らしいなーと。

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