モノガタリの公式/初恋/エーオー

ふと、思う。この世には公式があるんじゃないだろうかと。

 

「エーオーさん、好きな人だれ」

休み時間、Wくんが尋ねてきた。

「絶対に誰にも言わないから」

別に言わなくていいものを、なぜか自分の意思に関係なく「質問されたことには正直に答えなければいけない」という刷り込みのようなものがあった。当時小学一年生、たいへん健気でいじらしい時代だった。

「Aくんだよ」

渋々ながら私は答えた。同じクラスの男の子だった。

理由。顔である。もう清々しいほどに顔である。喋ったことなどない。ただ色素の薄いガラス玉のような瞳と色の白いまろいほお、愛くるしいその顔立ちは、他の男の子たちとは違って見えた。

Wくんはふんふんと頷いて、再び口を開いた。

「じゃあ、二番目に好きな人は?」

二番目? はて、そもそも好きな人って1人なのがふつうじゃないか? 頭に疑問符が飛び交う中、またここでもなぜか「答えなければ」という謎の強迫観念が顔を出し、わたしは二番目に好きな人をでっち上げなければならなかった。

「Tくん」

「ふーん、じゃあ三番目は?」

ちょっと待ってくれ。頭の中ははてなで埋め尽くされた。三番目? 二人目も必死にでっち上げたばかりなのに。わたしはもうやけくそ気味に答える。

「Wくん」

それを聞いた、彼の妙に満足げな表情が記憶に残っている。

思い返せば、それは事実上わたしの人生初の告白だったと言える。すまんがWくん、全くその気はなかった。ただ席が近くて喋ったことのあるのが君くらいだったのだよ。まあそんなことはいざ知らず、彼は去って行った。

さて、小学生のプライバシー意識など、塵芥のように軽く濡れたトイレットペーパーのごとく脆い。なんとWくんはある組織の構成員だった。その後、クラス中の情報を収集した彼らは「ゼッタイニイワナイ」の誓いをいっそ潔いほど軽々しく破り、ある一つの情報を開示した。

曰く、「クラスの女子のほとんどがAくんが好きだ」と。

 

この時感じた羞恥、そして怒りの詳細は省く。数日後、クラスは小学校一大イベントの席替えで盛り上がっていた。

そう、席替えである。なんと、運のいいことにわたしはAくんの隣の席になったのだ。

大移動が始まった。わたしははやる気持ちを抑えAくんと机をくっつけた。そして授業が始まった。

「次なんだっけ」

「算数。先生言ってたでしょ」

わたしはクールな顔つきで言い放った。

そう、この時のわたしは自分に感動していた。好きな子から話しかけられたというのに割れながら完璧な冷静さを保っていた。ばれない、これならばれないぞ。わたしは好きな男の子の前でにやけたり照れたりせず、「全くあなたに興味はありません」という毅然とした態度を貫ける! しばし、心の中で自分を讃えていた。

さて、しかしながら気になる子であることに変わりはない。わたしは授業中もさりげなくAくんの様子をうかがっていた。

彼は机に途中式を落書きしていた。「だめだよ」と言うと、「いいんだよ」といった。ノートの余白は埋めない主義らしい。わたしは机に落書きをするというアナーキーな行為にちょっぴり憧れを抱いた。

そして、決定的瞬間が訪れる。

「あー、消しゴムめんどくさいな。こうやって消そう」

彼は人差し指をためらいなく口に突っ込んだ。

付着する透明な粘液、文字をこする濡れた指先。液体は黒煙の色に染まり、そして後には濃い灰色の泡が残った。

「こうするとめっちゃ消えるよ」

Aくんの消しゴムはわたしの恋心も一瞬で消していった。

 

曰く、「初恋は実らない」と。きれいなほどにオチのついた恋の終わりに、わたしはこの世には物語の公式みたいなものが仕組まれているんじゃないかと、六歳ながらに思ったのだ。

 

 

 

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「モノガタリの公式/初恋/エーオー」への3件のフィードバック

  1. コミカルな語り口と子供の奔放さがマッチしていて面白かったです。ただ中盤のW君の話などでテンポが悪くなっていると感じたので、そこはもっとぽんぽんと進んでもよかったと思います。また6歳の感情の描写ではあまり難しい言葉を使わないほうがリアリティが出たんじゃないでしょうか。

  2. Aくんそりゃだめだ……。
    小学生特有の移り変わりの激しい気性の落ち着かなさと、その一方で小さなことにも過剰に反応する感受性が上手く表現されているように思います。公式っていうのは恋愛ものとかではかなりベタな例えですが、算数の授業と絡ませていたので違和感を覚えませんでした。ただ、Wくんの存在を意味深にさせすぎている印象をもちました。小学生にして修羅場か?と無駄にドキドキしてしまいました。

  3. 幼少期の心情表現、言葉の選び方はいつもながら参考になります。
    物語というフレーズが最初と最後にしか登場しないため、最後にまとめに入るためのきっかけとしてのみ、ご都合的に最初の一文を配置したように感じてしまいました。僕も人生が何らかの仕組みに則って動いているという考え方は好物ですが。
    つばで机の落書きを消す、はかない恋の終わりは秀逸かつ非常に強力なので、エピソードのみに絞ってもよかったかもしれません。埼玉の小学生恐るべし。

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