溜飲/初恋/リョウコ

タナカでしょ、生物の。
ミホはきゃあっと声を挙げた。そうだよ、正解。やっぱり頭いいなあチヒロちゃんは。ミホは火照ったココアの缶を、伸ばしたカーディガンの袖越しに摩りながら、加糖気味の声で言った。
「見てたらわかるよ、そんなの。ミホ超わかりやすいじゃん」
「えー、そうなのかなあ。それってけっこーヤバいよね」
先生にバレちゃってたりして。また、きゃあっとミホが鳴く。
タナカね、と私は飲めもしない手の中の熱の塊を転がした。
高校、大学とアメフト部に所属していたタナカは、分厚い筋肉に包まれたデカい身体を丸めて、猫背でのそのそ歩くゴリラ顔を瞼の裏に投影する。
中高一貫の私立、自称名門の女子高。ぼんやりした顔のお爺ちゃんと、性格のキツさに比例するように吊り上がった眉毛のおばちゃん先生ばかりの教師陣の中、比較的歳の近いタナカは、四方を女に囲まれて過ごしてきた十代の女子に人気があった。
「来月さ、タナカの誕生日じゃんか」
そうなんだ。返事をしながら、意味もなく賞味期限の欄を指でなぞる。2018/1/15、2年後の来月、私は二十歳か。
「チヒロちゃんさ、三年授業持ってもらってるでしょ。なんか、好きな物とかさ、知らない?」
透明マスカラで保たれたカールの、頼りない睫毛を纏った茶色の目は、私の顔を見ない。
「知らない。タナカとはそんな話全然しないから」
そっかあ。やっぱブナンにハンカチとかかな。
毛先がくるんと内に巻かれたセミロングの猫毛。白く粉をふいた丸っこい小さな膝小僧。水気の無い分厚い皮の下にごうごうながれる赤い血、青い血管、白い太もも。
「ミホは、綺麗だね」
なあに、チヒロちゃん。
ぷるぷるした、不自然な赤色の唇から、鼓膜に貼りつく粘っこい女の子の声鳴くミホは、もう私の知らないミホだった。
去年まで、まっすぐだった睫毛、まっすぐだった髪、まっすぐだった声。まっすぐ私を見た、ミホ。バレない程度の校則違反ですら許さなかった、薄くでも化粧なんてしなかった。スカート丈も詰めてなかった、ミホ。
私のミホは、もうどこかで死んだのだと、私は知った。
掌の中の缶コーヒーはすっかり冷めてしまった。今飲んだら、きっと苦さで泣けてしまう。
私も来月、誕生日だよ。
お腹の中へ滑り落ちていったその言葉は、泣けてしまうくらい苦かった。

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「溜飲/初恋/リョウコ」への3件のフィードバック

  1. 恋をしたことによるミホの変化。外面では友達でい続けているものの、ミホの変化において行かれて苦しむチヒロ。女子校というやや特殊な場所ではありますが、2人の対照的な思春期女子の気持ちの変化をうまく表わせていると感じます。特に、「透明マスカラで保たれたカールの、頼りない睫毛を纏った茶色の目は、私の顔を見ない。」「私のミホは、もうどこかで死んだのだと、私は知った。」といった表現がいい味を出していて好きです。
    気になる点は、この文章ではミホ、チヒロ、そしてそれを俯瞰する3つの目線がありますが、そのまじりあいの激しさで若干読みにくい部分があるように感じられることです。

  2. あくまで物語の軸はチヒロの葛藤と溜飲なのだけど、最初の方ずっと、ミホの視点から描かれているのだと思いながら読んでいた。時折三人称が入るので、どういうことだ?と戸惑っていたら、中盤から、誰の台詞か思考かよく判断できなくなっていき、やがてチヒロに転換してしまった。何の意図もないなら、1つの視点に絞った方が、圧倒的に読みやすいと思う。
    内容としては、よくある話だなという感じだけど、女の子の描写が上手いので、瑞々しい若さやいじらしさはすごく伝わってきた。

  3. 良く思い付くなー、事実かも知れんけど。強いて見せ方を変えるとすれば、友人の変化に対する主人公の精神描写が弱い、かな。折角自然に丁寧に変わってしまった友人の描写を書いてるんだから一番大事なそこにもう少しこだわった方が心に残ると思う。いやそれでもなかなかの美文。好きよ。

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