255/初恋/ノルニル

初恋と言われて思い返してみれば幼稚園の年長、6さいのころだったように思う。
お相手はゆり組のCちゃん。ぼくはまつ組だったので幼稚園で接することはほとんどなかったけど、ママ友繋がりでお互いの家で遊ぶことがあった。
Cちゃんと遊ぶのはもっぱらテレビゲーム。誓うが、決して僕は元々インドア派じゃなかった。
その時はCちゃんの家にもぼくの家にも、近所に遊べるような公園がなかった。そのせいで本当は外で遊びたかったけど、家の中で慣れないゲームを2人で遊んだ。

Cちゃんのうちにはスーファミがあって、カービィをふたりでやったり、スーパーゲームボーイでポケモン銀をやったりした。
ポケモン銀には時計が内蔵されていて、毎週決まった曜日に開かれるむしとり大会は盛り上がった。
Cちゃんのうちにあるゲームは分かりやすいものばかりで、ゲームに慣れないぼくでもじゅうぶん楽しかった。
そんな楽しい時間を過ごすうちに、Cちゃんともっと一緒にいたいという気持ちがぼくの中で大きくなっていった。
つらいのはぼくの家で遊ぶときだった。

当時ぼくの家にはニンテンドウ64があったけど、スマブラとかマリカとか、そういうゲームは残念ながらうちにはなかった。
代わりにあったのは「栄光のセントアンドリュース」とかいうゴルフゲー。
スコットランドの名門ゴルフコース・セントアンドリュースを完全再現した!とうたう(自称)本格ゴルフゲームだ。
父親がゴルフにはまっていた時期で、ほかには兄二人が買った対象年齢高めのゲームしかなかった。
やむを得ず埃をかぶったカセットをフーフーして差し込み、64の電源を入れる。

「んー、これつまらん」
開始早々ティーショットを盛大にOBにぶち込んだCちゃんは心底つまらなさそうにそう言った。
ま、まずい。このままではツマラナイ男と思われてしまう。
焦ったぼくは兄の部屋に向かい、一冊の分厚い本を手にした。

「広技苑 1997年冬版 ウラ技 3782本 5067技 金田一技彦 監修」

『広技苑』。決してタイプミスではない。
古今東西、ファミコンから末はセガサターンまでのゲームで使える『技』や『テク』を数多く掲載した……平たく言えば裏技本だ。
今でこそインターネットによって裏技や隠し要素は一瞬のうちにまるわかりだが、この時代にはこんな本が毎年正月が来るたび堂々と書店に置かれていたのである。
派生版として『大技林』というのもあるらしいが、名前の由来もお察し。

さて、ゲームにおけるバイブル・広技苑を手にした僕は「栄光のセントアンドリュース」の項を探した。目当てのものはすぐに見つかった。さすが広技苑。

・【身長を自由に変える】
【方法】キャラクター作成画面で、CボタンユニットのすべてのボタンとAボタンを同時に押しながら身長を決定する。10~255で身長を変えられるようになるので、好きな高さに設定する。
【結果】キャラクターの身長を自由に変えられる。

……すばらしい。255といえば、当時のゲームにおけるステータスの最高峰だ。16進数で動いていたゲームは、0を含めた限界値が16×16-1で255なのである。
僕は鼻息を荒くしてCちゃんに呼びかけた。

「Aボタンおして!おれCボタンぜんぶおしとくから!」
CちゃんにAボタンを押さえててもらいながら4つのCボタンを押す。なまじCちゃんとしただけに字面がややこしいな。
はたして広技苑にあった通り、身長は200をこえて255でストップした。
「すげー!やべー!ありえへん!」
すごいぞ広技苑。えらいぞ広技苑。でかした広技苑。僕は尊敬のまなざしで金田一技彦の文字を見つめた。

さて、255まで高くした選手は一体どれほどでかくなっているだろう。さっそく使ってみることにした。
……が。

見た目が、全然変わらない。180の選手とも変わらない。
試しに身長が10の選手も作ってみるが、何の変化もなかった。
「うわ、しょぼ・・・」
Cちゃんがつぶやいた。そのとき、たしかにうちのリビングをスコットランドの冷たい風が通り抜けた。

「Cちゃんはもっと元気な子が好きらしいで。残念やったね」
母親からママ友を通じてそう通告されるまで、さほど時間はかからなかった。
「別に好きじゃなかったし。なに言うてんの」ぼくは強がりを言った。
なんであんなやつのことすきになったんだろう。昔の自分がちょっといやになった。

でも、恋破れてしばらくたったころ。ゆり組のげた箱からCちゃんの上ぐつがなくなる、という事件があった。上ぐつは結局みつからなくて、Cちゃんはそれからまっさらな上ぐつをはいていた。

人のものをとったりかくすのはその人のことが、すきだから。それを知るには十分な年ごろになった。
ほかの子にも好かれてたんだな、と気持ちが軽くなった気がした。
それ以来ぼくはCちゃんのことを好きだった自分を嫌うのをやめた。苦手だったゲームも好きになっていた。

そして今。母親と会うたびに本人じゃないけれど、Cちゃんのママやお兄さんの話を聞かされる。
もうあの子のことを恋しく思う気持ちは忘れてしまったけど、名前を耳にするたびなんだか胸のあたりがざわざわする、そんな思い出。

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「255/初恋/ノルニル」への3件のフィードバック

  1. 空回り感と合間の一言が面白かったんですが、文章の感じからあまりCちゃんが好きとは伝わらなかったです。広技苑メインみたいな感じになっているのと、後半が雑にまとめたんだなあ感があります。最後はもっとCちゃんと自分の関係に焦点を当てたらよかったと思いました。

  2. かわいいな(笑)。上靴を隠すのにはそんな意味もあったのか。「ほかの子にも好かれてた」という発想までわたしは思い至れなかった。そのはこびが自然で、物語的な無理やりのこじつけ感ないのがよかった。作者がいろいろ経験する中で、ある日ふと気づいたことのようで。そういう、ある体験をしていなければ絶対に書けないワンフレーズというものはきっと人に響くんじゃないかなと私は思っている。いや、もしそれが違ったらわたしはすごく恥ずかしいけど、じゃあ騙せるぐらいには秀逸な流れだったということで。
    なので、幼少期版か現在版か口調に迷いが出てテンポが削がれてしまったのが残念だ。「広技苑」の説明を入れるのであれば、これを過去の邂逅に設定して難しい口調を使う方がやりやすいかなと思った。幼少期の口調でいくなら、さらに過去の世界観の補強が必要だろう。

    あと、温帯魚さんのコメントに呼応する形にはなるのだけれど、個人的には文章中でのCちゃんの希薄さが納得できるような気がした。中学生くらいまでの恋って結局は自意識を補強するためのものだと思っている。好きな子に振られて悲しいのは、相手と通じ合えないからというより、自分の存在を否定されたように思ってしまうからというような。この文章はそういうところがよく表されているように感じた。だから、これ以上関係を掘り下げたらそこのバランスが失われてしまうように思ってしまった。

  3. セガサターンとか64とかめちゃくちゃ懐かしいですね……。
    すごく色々と共感してしまって、ちょっと苦笑いしてしまいました。それだけ無駄なくテンポのいい文章だったのだと思います。
    平仮名を使うところは幼少期を意識してなのかなと読み取ったのですが、それにしては難しい言葉遣いが多く、少しちぐはぐな印象を持ってしまうところがありました。

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