典型的家族/書評/なべしま

家族という病、現代における家族のあり方の歪みを書いた本だ。他人の眼という前提の上に成り立つ家族のあり方は、果たしてそこまでして家族を成り立たせる必要のあるものだろうか。筆者は家族というものに依存する現代人へ注意喚起している。その指摘はもっともだと思える。子ども離れのできない家族、他人への優越感で包まれたような家族。そうした家族は閉鎖的で、嫌悪感を覚えさえする。
しかしこの本に対し、反感を感じてしまう。

理由はいくつかあるだろうが、まずはこの新書という形式だろう。新書には文庫本とは違い、学術的なにおいがある。この内容自体は全否定をするような内容ではない。けれど新書という割には、個人的な話という印象が強い。論の根拠と言うべき情報が薄いのだ。家族についての記述はほとんど自分の家族、また自分の周囲の家族に終始している。たしかにそうした家族はいるだろう、と思えるくらいには普遍性はある。だからこそだろうか、よくいる家族という虚像を筆者の都合に合わせ、違和感のないように使われているように見えるのだ。根拠といえる話の引用元もないので、よりいっそう自分の都合の良い部分だけを切り取ったようでさえある。これがエッセイのような自由度の高い形式ならばここまでの違和感は感じなかっただろう。

個人的な意見の印象の強さはまた、反感の原因になっている。著者の論を読んでいると、家族すべてを批判しているわけではないのはわかる。しかし現代において大多数である歪んだ家族に対しての非難が書かれていることにより、読者全員に対してのあなたの家族はそうした歪みがあるのではないか、という非難にも感じられるのだ。見ず知らずの他人から分類され、非難されるのは不愉快だ。そのため勝手に決めつけないでほしい、という反感を覚える。論に入る前に家族を分類し、それに対応した形で疑問を投げかけるのなら抵抗も少ないだろう。エッセイならよかったのではないかと書いたが、この点においても同じことが言える。勝手に断定されたとしても、それが学術的な色を帯びたものではなく、個人の一意見ならば受け入れやすかっただろう。

全編を通し、著者の個人的な意見、体験を押し付けられているせいで、著者の自分の在り方に対する賞賛を書きたかっただけではないかという偏見さえもってしまう。自分のことを非難されれば反発したくなるという人間は多いだろう。まさにその部分を突く、挑戦的な文だった。だからこそそれを裏付ける根拠さえあれば、現代人を啓発することができたかもしれない。もしこの本を読むにあたって留意すべきことがあるとしたら、これを新書だと思って読んではならない、ということだろうか。エッセイや自叙伝としてなら、あるいは著者のファンとして読むことをお勧めする。

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「典型的家族/書評/なべしま」への1件のフィードバック

  1. エッセイのほうがいいんじゃないかと、俺も読んでて思いました。
    挑戦的な文っていう表現が面白かったです。書評でも何か読んでてハッとする表現があったほうが、より興味深く読めるんだなと思いました。

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