家族という病/書評/ケチャねえ

 

 

日本人は家族という言葉を美化しすぎであり、良い家族というイメージにとらわれすぎではないか、と本書の著者はいう。家族形態は年々変わってきており、今では夫婦別姓、事実婚の割合も増えてきている。そんな中で家族とはなにか、というテーマが本書では述べられている。

時々ニュースを見ていると、息子が両親を殺害した事件や、両親が生後まもない赤ん坊を殺したという事件が取り上げられていることがある。そんな時、近隣住民にインタビューをすると、住民たちはみな口をそろえて「殺人事件など起こすような人ではなかった。」や「そんな殺人事件が起こるような家族ではなかった。」と言う。

筆者はこのような例を挙げて、家族というのは、家族という単位ではなく個人という単位の集まりではないかと考察する。

本書は筆者の経験をベースとして書かれているため、主観性が激しい文章が中に混在しているという印象を受けた。筆者は本書の中で「『だんだんお母さんに似てきたわね。』と言われて、どう思うだろう。うれしいと思うか、困った、と思うか。私は少なくとも後者である。親に似たくはないと思ってこの年まで頑張ってきた。」と述べている。この節の文章は家族の在り方を考えるというよりは、仲の悪い家族のエピソードのようにも思えた。さらに、この文章を読んで、~だと私は信じている。~ではないか。という主観的な文章をにおわせる表現が気にかかった。節の題名の中に「大人にとってのいい子はろくな人間にならない」というものがあったが、この題名の中にある「いい子」というあいまいな表現に対し、「いい子」という定義が明確に示されていない。筆者の思う「いい子」しか述べられていない点も印象強かった。

家族形態は昔と比べて大きく変わってきているが、今の日本において日本人が家族というつながりを大切にするという根本的なところは変わっていない。だから、この文章に対して反論がとぶことも当然の結果ともいえる。しかし、家族によって父母の職業、家族形態あるいは性格それぞれが違うため、家族の持つ問題もそれぞれであるので、筆者のいう個人の自立は促進していくべきであろう。

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「家族という病/書評/ケチャねえ」への3件のフィードバック

  1. 3年生ののっぽです。

    最後の段落、まるで現代文の評論文の終わり方みたい。

    筆者の主観的な文章、その通りだと思います。若い人間としては、なんだこの老害は!って思ってしまうんですよ(羽生君とか錦織を称賛するあたりまさにそう)。

    とても批判的で気持ちのこもった文章が多い中で、冷静な文章だったので目を引きました。

  2. 他の人の文章に比べて客観的にこの本を受け取れている文章に読めました。
    自分の読みが浅いせいかもしれませんが、言いたいことと使用している例の関係がいまいち掴みにくいように感じたので、その辺りの文章の書き方は工夫するのもアリかと思います。
    とても淡々としていて読んだ本について思ったことを説得力をもって書くというよりも、機械的に分析しているような印象を受けました。
    冷静に文章の批評をするのは難しい事だと思うので、その点中立を守り切っているのは良いと思います。

  3. はじめから第三段落まで、本の内容紹介が続いたので、この本を擁護する側に回るのかなと期待しましたが、結局は批判に落ち着きましたね。
    指摘している点も全くもって悪くないのですが、どうせ批判するならば文章に寄り添うよりもいっそ内容紹介は切り捨ててバッサリと断罪してしまったほうが、書評の流れも掴みやすいかと思います。

    もしくは、第二段落と第三段落をつなげてボリュームを落とす、とか。簡潔でまとまった批評なので、工夫次第でより良くなると感じました。

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