家族に対するこだわり/書評/きりん

まず正直に、子どもを持たない筆者の子育てや教育についての講釈を受け入れる気にはなれない。それらの分野に対してのアドバイスは客観的であっても、実践的にはなり得ないからだ。なので、世の中の半分ぐらいの家族について、私は筆者の経験を信用できない。

それを踏まえた上で、私は著者の家族への見解に概ね賛同する。
現代の家族というのはどこかどろっとしていて気持ちが悪い。

私の両親は共働きしていた。家計も独立採算制。共同出資は筆者同様どんぶり勘定で成立している。筆者がもしも無茶を通してこどもを得ていたら、こんな感じに近くなったのではないだろうか。
割と各々勝手にやっている家族だ。それでも色々と面倒に感じることはある。

そんな事情で、小学校高学年になる頃まで、私は保育園や学校のあと、彼らが夜帰るまでの間、個人保育やら近所のお宅やらを転々とする生活を送っていた。祖父母は遠方であったし、遅くにできた一人娘である私を家に1人では置いておけなかったのだろう。

その期間、私はいくつかの家庭をみてきた。だいたい著者の言う典型的な現代の家族だ。両親のいる家庭も片親の家庭もあったが、経済的に安定していて、子どもは2人、家族がそれぞれにお互いを甘やかし、愛し合っている。反抗期はあったりなかったりだ。
今時珍しいぐらいに反抗的な友人も、すぐそばで見てきた。
下手をしたら、彼らが殺しあうこともあり得たのかもしれない。
けれど、その中に立ち入っていた他人の私の目には、反抗しようとしまいと彼らが深く愛しあっていることには変わりなかった。

甘やかしあう家族は端から見ていれば気持ちが悪いが、私は彼らが羨ましかった。
その点では嫌悪感を表す筆者に賛同できない。
お互いに甘くとも、こどもも親も自立できている家族だってある。甘やかさない家族など、相手が対等な大人ならともかく、こども相手ならばそちらの方が気持ち悪いだろう。

ともあれ、筆者は現状、つれあいと呼ぶ家族を大切に思っている。
大切な家族がいる、それだけでもう筆者が悩む必要はないのではないだろうか。

結局のところ、家族という枠組みは地域社会や人間関係を把握し易くする為に必要なものだ。それに対するこだわりを捨てる必要はないと、私は考えている。

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「家族に対するこだわり/書評/きりん」への4件のフィードバック

  1. 子供を持たなければ育児について語ることができないかといえば、それは違いましょう。門外漢だからこそ語れることもあろう。この場合問題となっているのはそこではないように思える。
    さらに、「現代の家族は」という限定の正しさが不明瞭ではないだろうか。それが現代の問題なのか、家族の問題を通しても論じられることがないのでどうしてそのような限定を行う必要があるのか疑問である。

  2. 個人的な経験も描きながら、書評として成り立っている感じがして、良いなと思う。しかし、この書評は批判的な書評であると思うが、きちんと批判できているのかという事は微妙である。なぜならば、筆者の個人的な意見に個人的な意見で批判しているように見えるからだ。だが、そうしてしまう理由もわかる。なぜならば、何かを確信を持って述べるという事は恐ろしい事であるからだ。そういう点でほのぼの書評としては良いのかもしれない。

  3. 意見としては面白いですが書評としてはどうかなと……。
    これから読む人からすれば本の情報が薄く、読んだ人からすれば意見が本のどの部分に対応しているかがわかりづらい面があると思いました。主題が本の感想ではなく自分の意見に偏ってしまっているので、もう少し内容を絡めてもいいのかなと思います。

  4. 感覚として、子供がいない人に教育論全てを語って欲しくない、というものはわからなくもない。しかしそれを書いてしまうことで一気に批判されやすい文になってしまうのも事実で、私は書けなかった。

    何だろう、きりんさんの文章も二転三転していて、結局どの家族も気持ち悪いの?となった。この本自体もそうだけど、いろんな家族の形がある中で、家族を語ろうとするとどうしても二転三転して終わりそうだなあと考えてしまった。

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