意見の述べ方/書評/ネズミ

 

この本は今まで神聖化されてきた家族のあり方に疑問を持ち、家族主義である現代の日本に待ったをかけ、家族というものは何なのかということを今一度考え直すといった内容のものだ。基本的には具体例や実体験を挙げ、そこから浮き彫りになった家族の実態について考察していくかたちで論は進められていく。論と言っても、その大部分は家族のあり方に対する批判が占めている。もはや著者が家族への不満を吐き出したいだけなのでは?とさえも思ってしまう。とにかく読んでいてあまり気分の良いものではなかった。

この本を読み始めてから読み終わるまで、一貫して思っていたことは客観性に欠けているということだ。挙げていく例のほとんどが実体験や知人に聞いた話など、著者の身の回りだけで片付いてしまっている。日本全体の問題について言及しているのにも関わらず、論を展開している場所があまりにも狭いように思えた。例に出す人物もまた、同じジャンルから引っ張り出してきたような著者と似た考えを持つ者ばかりで偏っている。凝り固まった考えを持ち、それを曲げずに一方向からしかものを述べようとしないから、ただ愚痴を聞いているような感覚に陥る。何か自分とは真逆、もしくは別の角度からの意見を提示すれば信憑性は増したかもしれない。

また著者による決めつけが多い。これはこの文章の様々なところに見て取れたのだが、一つ例を挙げてみる。著者の知り合いの家族について語る場面だが、その知り合いの弟たちが父の病院を継がず、地方へ行ってしまった。そのことについて(知り合いが)「二人の弟が父の跡を継がず、病院勤めを続ける理由など聞いてみたこともないに違いない」と述べている。だがそのことについて知り合いに問いただしたという記述はどこにもなく、これは単なる著者の推測に過ぎない。裏付けされていない事実をやたらと載せるのは控えた方がいいだろう。

このようにこの本は評論としては至らぬ部分が多くあるが、私が反感を覚える理由として最も大きいのは、この本で述べている意見そのものだ。私は小さい頃から家族や親戚を大事にしろと教え込まれ、今でもそう思っている。だからこそそれを否定するこの本が気に食わない。この意見が思いっきり主観で、客観性が欠けているという先程の批判に矛盾しているのは重々承知だ。だからこの本を読んだ他の人たちが内容に対してどのような意見を持ったのか知りたいというのが正直な思いである。

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「意見の述べ方/書評/ネズミ」への4件のフィードバック

  1. ある主張に対して真っ向からぶつかるのは一番わかりやすい方法ですが、時にはそれが何の意味も持たないことがあります。

    たとえば安保反対派による『戦争法案』という呼び名がいい例で、安保条約は建前上「日本ならびに同盟諸国を戦争から守る」ことを保障するものですが、それを戦争法案と呼んだところで前提条件が食い違っているため、両者は決して相容れることがありません。
    この場合、反対派がとるべき最善のアプローチは「改正安保条約が日本を戦争から遠ざける効果を何も持たないことを冷静に評価し、安保条約自体の必要性に疑問を呈ずる」ことだとぼくは考えますが、実際は「戦争したくなくてふるえる」です。これでは埒があくはずもなく…ああ、だいぶ話題が逸れてしまいましたね。

    まとめると、感情論に感情論で答えることをを割り切ってしまうのは乱暴だと感じました。
    かくいうぼくも、茶化して書こうとしたものの結局は不快感を露わにしてしまったため似たり寄ったりですが。

  2. 3年生ののっぽです。
    最後に書いてあるように、他の人の意見を知りたい。そう思えただけでこの本を読んだ価値はあったんじゃないかと。

    それと、客観性っていうのは必ずしも必要だろうか?客観性というのは主観性がないと存在しえないものです。そういう意味でこの文章は客観性の前提にある文章で、客観性を決めるのは読者ということでいいんじゃないでしょうか。その結果として低評価というデータが出ているわけだし。

  3. 要約された内容の説明、また指摘した欠点に対する根拠が簡潔に過不足なく述べられており素晴らしい。参考にしたいです。
    私はこの主観に主観をぶつけるというやり方も、この結論に持っていくのならありだと思った。本を読む人も感情を捨てられないわけだし、というか感情で読むわけだし。書評というカテゴリで、この書評が普通の人(主観をなるべく排し客観性を求める人)に向けて書かれたものなら、これでいいのだと思う。あとは、あざといけど自分がこの本に反感を覚えるのは私自身も家族は素晴らしいという価値観に捕らわれているからかもしれない、的な文章を入れてもいい気がした。本当に家族に対して息苦しさを感じている人もいるだろうから、筆者の意見が全てではないという余地を設けるために。

  4. 主観的な文章に対し主観で返すことがいいことか悪いことかは私には判断しかねますが、少なくとも私は言葉にしたくてもできなかったことをはっきり言ってもらえてよかったと思いました。主観的でも感情的ではないので、書評ならいいのかなと。ただ、それが諦めからくるものなのか、開き直りなのか、どっちにとるかによっても解釈が変わってしまう書評ではあるような気がします。

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