2つのシベリア/嵐/ゆがみ

シベリアの冬はものすごい吹雪で、周りには何も見えない。その中をさまよう人はあまりの寒さにじわりじわりと体力を奪われていく。シベリアのどこかを走っているシベリア鉄道に乗ればこの地獄から抜けられるのかもしれないが、そんなものを見つけられるわけがない。最終的には春を迎えぬうちに人知れず凍え死んでいく。

 

 

母さんは一度だけシベリアに行ったことがある。大学生のころバイトで必死に貯めたお金で行ったのだとか。草木が一面に茂り、湖も澄んでいてそれはそれは美しかったと子供のころ何度も聞かされたのだから、きっと素晴らしいところなのだろう。大学を卒業してすぐに結婚して俺を産んだため、結局行ったのはその一回きりであるが、未練は捨てきれず「大きくなったらシベリアに連れて行ってくれるよね」と何度も言われた。小学生の頃までの俺は母さんを喜ばせたい一心でいつも首を縦に振っていた。

しかし、中学生になったあたりから、弟の成績が悪かったからだろうが俺に対する期待は一層高まった。「シベリアに連れて行ってくれるよね」という言葉は徐々にプレッシャーになっていき、俺は徐々に精神的に追い詰められて気力を無くしていった。なんとか高校には入れたが、そのころには心はもう限界を迎えていた。なんとかしなければならないことはわかっていたが、頑張ろうとすればするほど心が悲鳴をあげていった。こんな状態で受験勉強なんかまともにできるわけもなく、親から「大学くらいは行け」と言われ3浪までしたが結局成果をあげることはできなかった。さすがに親もあきらめて就職を促したが、学歴もないうえにロクに取り柄もない自分が入れる会社なんてなく、とりあえずバイトで稼ぐことにしたが、どれも長続きすることはなかった。そのうちに弟は成績を上げ、大学に進学して良い会社に入ることが出来た。きっと遠くない将来に母さんをあの素晴らしいというシベリアに連れていくこともできるだろう。人間というものは残酷で、成果を残した人を称賛する一方でほかのものへの扱いは悪くなっていく。しかも、成果を残したのが子供のころ全然期待されていなかった弟であったことは皮肉である。俺はますます居場所のなくなった家にいるのが辛くなっていった。こうして俺はホームレスになる道を選んだのである。

 

「この公園での寝泊まりは禁止です」

やれやれ、役人に見つかった。言い返す気力もないので指示に従って退去する。俺みたいな役立たずはどこにいても排除されるべきなのだろう。次の居場所を見つけ、寝床を作るべく慣れた手つきで段ボールを組み立てながら、ホームレスになってから結構長い間経っていることを感じる。そのうちこの場所でも文句を言われ、職のあてもないままに次の場所に移らなくてはならなくなるだろう。今までもその繰り返しであった。これからもおそらく抜け出せることはないだろう。

そういえば母さんはシベリアに行けたのだろうか?俺はあなたの言っていたのとは違う、冬のシベリアにいます。そして、あなたの知らないうちに凍え死ぬことでしょう。

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「2つのシベリア/嵐/ゆがみ」への2件のフィードバック

  1. 嵐からシベリアという飛び方はおもしろい。内容としてはありがちな感じなのだけれど、シベリアという言葉だけでなんとなく柔らかく面白く感じるので、良い言葉を見つけたなと思う。ただ、前半以降シベリアという言葉が出てこないのが惜しい。シベリアが入らなければありきたりな話になってしまうからだ。僕が書くなら、お菓子のシベリアの話なども入れると思うので参考までに。

  2. 嵐をシベリアの吹雪に転換する発想もストーリーもおもしろいと思いました。ただお母さんの押し迫る感じが言うほどでもないというか、切迫した状況がイマイチ伝わってきませんでした。もう少しお母さんの必死感を出せばもっと主人公が感じるプレッシャーの大きさを表現できたかもしれないです。

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