あらしのなかで/嵐/フチ子

 

風の音が痛い。おなかが痛い。

雨の音がザワザワする。心も、ザワザワする。

煩い。

 

「園子は中にいなさい、湯たんぽであっためて、包まってなさい」

お母さんの優しさに、よくわからないほど苛々する時がある。むしゃくしゃと、たまらなく、ギーッと叫びたくなるくらいに。そんな自分が子供っぽくて、なおさら握りつぶしたい。

一つ下の弟が大人の仲間入りをしてバタバタと藁を結んでいるというのに、わたしは湯たんぽのお湯を入れ替えている。なんだか情けないし、お父さんの前で「湯たんぽ」と言葉にしたお母さんが少し憎い。

なんで女に生まれたんだろう、と嫌になる。なんで薬をもう少し前に飲まなかったのだろう、と腹立たしくなる。もっと早く、家を守る準備をしておけばよかったのに、今になって大雨に降られながら、風に吹かれながら、準備をしている家族を惨めに思う。

ふと、昨日のことを思い出す。

「これ、重たいからおれが持つよ」

宮田くんのこと、とても素敵だなと思っていたのに、この一言で嫌になった。そんなに重たくなかった。こんなの私だけで持てるし、50部印刷して職員室に持ってきてと頼まれたのは私だし。

宮田くんは私から冊子を奪って、職員室に行って、「代わりにおれが持ってきました」とか言って、おばさん教師に変に感心されたりするのだろうか。なんだか不公平な気がする。私ができることを奪って、好青年という印象をゲットできるなんて。

この苛々もあの苛々もきっと元凶は生理のせいだ。素敵な人が素敵なことをしてるだけで苛々してしまうのも、優しい健気な母親が嫌でたまらなくなるのも全部、生理のせい。おなかをグーで圧迫する。普通に痛い。でも、ホヤホヤと、ジワジワと、永続的に痛む生理痛よりは嫌いじゃない。あの気持ちの悪さといったら、ヘドロが出るほどだ。

15歳。閉経が50代半ばくらいと保健の先生は言ってた。まだまだ先だ。まだまだ私は女扱いをされ続けるのだろう。まだまだ守られたまま、中に入れられて、大事にされるのだろう。

お母さんは美しくはないけど優しそうで、よくわからない大きなものを抱えてるような気がする。私を守り、弟を育て、お父さんに守られて、大変そうだ。

この家の外から出るためには、少しでも出るためには、私も大きなものを抱えなければならないのだろう。「家の中にいなさい」と言える相手を。

過ぎ去ってしまえば全てが吹き飛んでしまうとわかりつつも、湯たんぽを抱えてうずくまった。

 

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「あらしのなかで/嵐/フチ子」への5件のフィードバック

  1. ジェンダーの問題は色々と叫ばれているが、やはり性の差は厳然と存在していて、僕は胸も大きくないし、生理もない。だからこそ難しいのだけれど、そういうモヤモヤとした感じを表していて面白い。特に湯たんぽの部分が面白くて、父親の前で湯たんぽという母外ヤダみたいなところは繊細だけど、性差みたいなところを感じさせる良い表現だなと思う。

  2. 女の子特有のこの感じ。生理の日だったら全部そのせいにしてしまう感じ。わかります。そんな日は心は湿っぽくなってて外も嵐のような天気なら尚更。抽象的な言葉でしか表現できない感覚を文章全体から感じ取れるようになっててすごく素敵だと思いました。思春期の男の子に対する態度や母と娘の関係性とかジェンダーの問題まで含まれているのに、全然飽和感がありませんでした。

  3. 最近、女性目線からの文章もよく読むようになったのですが、この文章もとても細かく丁寧に心情が表現されていて感情に訴えやすい文章になっているのだと思います。

    最後まで読んで、長かった、と思わせないバランスで書けているのは流石だと思います。

  4. 男にはわからない内面描写が分かりやすく書かれていて新鮮だった。かなり個人的な話も含んでいるため、自分の中で自己完結している部分がある程度あるような気がする。

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