さみしい彼ら/嵐/θn

『村内の皆様にお伝えします。明日は水神祭、明日は水神祭です――』

 いつもなら、こんな蔵を訪ねてくる人は限られている。だからこそ今日のような日は異常だし、私がこの光景を見かけるのは最初で最後なのだろうとぼんやり思った。

見たことない使用人に明日の装束の話をされ、村長の息子だとかいう人に明日の籠の話をされた。沢山の人の往来に、頭がくらくらしてきたから少しだけ休ませてくれと頼んでようやく周りが静かになった。今日と明日だけ、私は誰よりも大切にされる。

 扉が開けられる音がして振り向けば、敷居を少し跨いだぐらいのところに彼は立っていた。見慣れた姿に安堵する。明日の衣装なのだろうか、彼も私と同様、妙に気張った格好をさせられていて滑稽だった。

「どうしたの、コウちゃん。」
「……。」
「黙ってないで、なんか言えば?」

心がささくれ立っていて、それが暴言になってコウちゃんにぶつけられた。「何か話せ」というどうってことない指示。それが彼にとってどれくらい残酷なのか、私は知っている。

コウちゃんは祭司になるために育てられた、特別な人間だ。だからみんなが遊んでいるときに儀式の手順を勉強したし、みんなが学校に行っているときに大人に混ざって村の会議に出ていた。

何よりコウちゃんには祝詞以外の言葉が与えられなかった。

話せないわけじゃないのだと思う。現にたどたどしく私の名前を呼ぶことだってある。それでも会話らしい会話をしたことはないし、言い表す言葉をしらないからか、目立った感情表現もしない。
コウちゃんは、本当に、どこまでも可哀想な青年なのだ。

だから私と、唯一心を通わせられた。

「いよいよ明日だってさ。笑えるよね。」

ずっと昔、先人たちはこの土地が水神様のものだとわかっていながら開拓し、豊かな土壌を得た。その罰なのだろう、この村では五年に一度嵐がくる。畑を洗い流し、家屋を吹き飛ばすような大きな嵐が。水神祭はその天災の被害を最小限に抑えるべく始められた行事だ。コウちゃんみたいな祭司が水神様をお呼びして、村の若い女の子を生贄として捧げる。実際、どれだけ効果があるかなんて、だれもわかっていないんだろうけど。

コウちゃんと私は、境遇が似ている。多分。
特別という意味での孤独をずっと受けてきて、その孤独すらも突然奪われる。水神様のせい?まさか。

「ねえコウちゃん、コウちゃんは水神様を呼ぶことができるんでしょ?」

コウちゃんがおそるおそる首を縦にふる。それ以上言わないでくれと目が訴えかけていたけど、私はそれを無視した。

「それならさ、コウちゃん。今水神様に来てもらってさ、この村ごとみんなでなくなっちゃおうよ。」

コウちゃんは目を見開いたまま、首をふらなかった。
随分背格好が変わってしまったんだなあとしみじみ思う。自分の細い手首を見て複雑な気持ちになる。途中で成長が止まったということが、きっとコウちゃんの言葉にあたるんだろうな。

「なんで?」
「……。」
「そしたらさみしくないよ?」

「あ、あすみちゃ、ん」

「私はさみしい。こんな閉じられた蔵の中で毎日過ごして、私ばっかりこんな思いして。私なんて、ずっといてもいなくても同じものだったはずなのに、こんな日ばっか持て囃されて、こうして死ぬことが望まれるんでしょ?みんなは明日も明後日も、次の水神祭の日まで笑って暮らすんでしょ?おかしいじゃん、私ばかりさみしいじゃんか。それなら、みんな嵐に巻き込まれて……」

いきなりコウちゃんが歩み寄ってきて、私の首に手をかけた。手のひらがしっかり項まで回されてぐらりと世界が傾く。

「……。」
「何?殺してくれるの?」

コウちゃんは首を絞めている側なのに苦しそうだった。
とっても、とっても苦しそうだった。

「こんな力じゃ虫も殺せないよ。」

コウちゃんが手を解いて、部屋を出て行く。
もう二度と、会うことはないだろう。

「幸太郎様、もう、よろしいのですか?」
「……ああ。」

 蔵を出るとすぐ、従者が周りを取り囲んだ。

「明日美様になんと声をかけられたのです?」
「特に、なにも。」

かける言葉などない。明日美にとって俺はきっと、いつまでも可哀想なのだから。救いになればいいのだと思い続けた。でもそれも明日で終わりだ。

「俺もさみしい。すごくさみしい。」

俺は生きてくよ、この終わってる社会のなかで。言葉も、体も全部手に入れる。君を河に突き落として、いつまでも君のためじゃない祝詞を読もう。

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「さみしい彼ら/嵐/θn」への3件のフィードバック

  1. 優しくなれない人間なので、相手のために振る舞うという人がすごく好きです。こうちゃんはあすみちゃんのために、あすみちゃんの前でわざわざあんな振る舞いをしていたのだと読んだのですが、どうでしょう。少し解釈間違えてるかもしれません。
    出だしが町内スピーカーから流れる声のようだったので、展開が前時代的でぞっとするような怖さがありました。

  2. 上のコメントでも述べられていますが、水神祭の宣伝の内容が山村の町内放送のそれですね。町内放送というのは少なくとも戦後の象徴で、言葉遣いも非常に現代的なので時代錯誤の感があり、説得力という点では多少疑問が残ります。いっそのこと時代を撒き戻すのもいいかも、と思いましたが、ドラマ”TRICK”やゲーム”SIREN”のように、寒村の因習を奇妙に描き出す作品が現代を背景にしても成功しているので工夫次第で上手く設定できるのかもしれません。
    視点の切り替え、主観のルックバックはお話づくりの王道ですが、やはり面白いです。使い方も適切なように思われました。

  3. コウちゃんという人物がイマイチ掴みきれないまま終わってしまった。
    特にびっくりしたのが最後にいきなり現代風の言い回しで自分の決意を明らかにしたこと。僕の中で時代設定とか、人物設定とかが最後に崩れてしまった。

    主人公は掘り下げられていたので、惜しいなと感じた。

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