どこにもいけなくて/嵐/エーオー

バーが落ちる乾いた音が風に運ばれてきた。少女の身体が、分厚いマットに背中から投げ出される。運動場の高跳びを、少し離れたところから見ることが日課だった。さきほど跳び損ねた少女は、勢いよく身を起こしてまた跳びにいった。

足元の空っぽのスポーツバッグが倒れる。試験は一週間後だったが教科書もノートも学校だ。成績は常に下位だった。そもそも、母国語の違いがあるのだからどうしようもない。年々複雑になっていく問題文に、歯が立つはずもなかった。

声を聞いた。ふと、夕日を浴びて輝く、少女の髪の束だけ見えた。

背がしなり、バーを越える。今度は落ちなかった。まるでスローモーションのように、その軌道がはっきりと見えた。

成功に少女は飛び跳ねて喜んでいた。彼女の健気さとまばゆさが、内側から傷をじんわり癒していく。鬱屈とした日常で、ただそれだけが希望だった。

「おーい、アッサニー」

名を呼ばれ振り返った。数人の男子生徒がにやにやとこちらを見ている。その笑みは親しみからくるものではなかった。

砂を詰め込まれたかのように胸が重くなる。やり過ごそうと何でもないふりを装った。彼らはその様子に、馬鹿にしたような笑い声をあげる。去り際、一人が腹に蹴りを入れた。思わず呻く。じゃれながら遠ざかっていく背中を本気で呪った。

 

 

「コンニチワ、ちょっと時間あるかな」

帰り道、男に声をかけられた。どこか訛りの混じった日本語だった。

「私たち、日常に不満のある人たちを集めて、世界を平等にすために活躍する組織です。ちょっと今、メンバー探してます」

いかにもな言葉に立ち去ろうとすると、男はにこやかに引き止めて言った。

「まあ、今日は見学だけで大丈夫ですから。今なら、無料で食事も出してますよ」

男の指さした方を見る。会場はそこそこにぎわっているようだった。自分と同じくらいの年のものもいた。

今日も両親が帰るのは遅いだろう。家に帰っても夕食にありつけるか分からない。腹の虫が鳴る。男はにっこり笑ってパンフレットをさしだした。

 

 

『この日常の不平等を解消するには、ただ約束の時にこのウェアを羽織り街に出るだけ! ひとりひとりの一歩が、理不尽を打ちのめし誰かを救うための力になります。さあ、今こそ反逆の時。行動をおこすのです!』

力強い演説が快活に響く。会場中が姿の見えない謎の人物の中継の言葉に耳を傾けていた。

説明された内容によると、この組織の基本的な構成員は「チリ」と呼ばれ、指定された時間に「SUI:jo-機」という特殊ウェアを身に着ける活動が主らしい。その他「上昇気流」という幹部、また「目」と呼ばれ崇められている、この声だけの謎の人物によって構成されているようだった。

「どうぞ」

SUI:jo-機が手渡される。ひんやりと弾力のある、不思議な手触りの素材だった。

「ぜひ、約束の時はお願いしますね」

差し出された手を取ろうとしたとき、どこかで何かが割れるような音がした。酔っぱらった皆が引きつったような笑い声をあげている。

「なに、いつものことですよ。心配しなくていい」

笑い声は次第に大きくなる。会場中が見えない渦に巻き込まれていくようだった。隙を見て、その場から逃げ出した。

 

その日は中間テストだったので全ての部活は活動休止だった。何時もより人の多い帰り道に少し苛立ちながら歩く。

ふと前を見る。心臓が高鳴った。高飛びの少女が友達と喋りながら前を歩いている。風の流れで、声がこちらに飛び込んできた。

「なんか、部活の時あんたのことずっと見てるヤツいるよね」

自分のことだ。どきりとした。隣の彼女の反応がそわそわと気になった。弾けるように笑って、少女は口を開く。

「なにそれ、きもちわるい」

 

約束の時が来た。

大気の流れが生まれた。水蒸気は塵を纏い、水滴となって雲に成長する。上昇気流はそれを上へ上へと押し上げ雲を積み重ねて、やがてそれは巨大な台風となり、地上の森羅万象を根こそぎ奪っていく。雷がはしり、雨粒が叩きつけられる。森、ビル、泉、校舎、そしてグラウンドを、そこにいる人間ごと巻き上げて、そうして街は1日にして壊滅した。青空の覗いた、目だけが静かにそれを見つめていた。

塵の末路など、誰も知らない。

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「どこにもいけなくて/嵐/エーオー」への3件のフィードバック

  1. 中盤で、この話は台風の擬人化的な話なのかとわかって、おもしろかった。アメリカではやって来た順に台風にAから順番に名前をつけるらしいですね。
    地の文に、文語と口語が極端に入り混じっていて、少し気持ち悪く感じた。最後に台風が全てを破壊するという構成は良いと思うけれど、そこで急に文語になるので、共感しづらかった。まあ、台風に共感なんてできないと言われればそれまでだけど。

  2. 読ませる文章だ。それに傷の抉り方が上手。それでいて、現実的には解決しようもないことを吹っ飛ばす快感があった。セカイ系っぽくもある。ただこれを読んでどうしようかというしよかと考えるとかなり戸惑う。

  3. 自然現象を人間と結びつけるのは面白い発想ですね!今回は心情の描写が高跳びの子のところに集中していてチリになったあとの話は特に無かったので、その点共感することがなかなか難しいかなあとおもいました。いやまあ、分かってるんですよ、想像しろってことですよね……でも自分の貧しい頭じゃ納得のいく答えが見つからないので、その辺はエーオーさんのヒントを示してほしいところであります。文の良さのためというか、私のために。
    コメントで読ませる文章とありましたが、私は読んでいて最初の方でリズムを作らせたらあとは一気に引っ張られて行く感じがしました。自分は文章のリズムをつかむのが下手くそなのでなかなかリズムが掴めず結構話が進むまで読みやすいなと思えなかったんですが、気づいたら読み終わってました。これに関しては本当に好みとか感覚の違いなのでどうしようもないというか私が自分でなんとかすべきだと思うのですが、うん、一度ちゃんと読もうと決めた人なら絶対引き込んで逃がさない力があるんじゃないかと思いました。羨ましい。

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