俺に異変が起きたのは、小学校低学年の頃だった。いつも通り外で友達と走り回って遊んでいると、一人の友人が派手に転んでしまい、膝から大量の血を流した。その血を目にした俺は、その赤色に恍惚として、彼の前に跪きそのまま血を欲望のままに舌で舐めたのだ。
無我夢中だった俺は、他の友人が強引に引き離すまで彼の膝から離れることができなかった。我に返った時にはもう遅く、友人たちが塵を見るような目で俺を見つめていた。それから皆に避けられるようになり、一人で過ごすようになった。
中学生になって、母親から自分は人狼だと告げられた。死別した父親は人間で、俺は狼と人間のハーフらしい。そしてその事実によって自分への嫌悪と恐怖が最高潮になり、狂ったように咆哮した。そして右目を己の手で引っ掻き、世界の半分を強奪した。それが、あの時の戒めとなると思ったのだ。母親はこのことによるショックの為か病弱になってしまった。
この日を境に、俺はより他人と関わるのを露骨に避けるようになった。自分の本能がいつ理性を喰うか分からなかったからだ。あの時はまだ血を舐めるだけで済んだが、成長した今となっては、人を襲う可能性を否定できなかったからだ。仲良くなった大切な人を傷つけることになるなら、最初から誰とも関わらなければいい、そう思ったからだ。学校だって本当は行きたくなかったが、母親に余計な心配をかけるのが煩わしく、耐えて登校し続けた。
そうして、大学生になったが、今まで一度も理性が負けたことはない。負けそうになったことは何度かあったが、そういったときは鏡で右目の傷跡を見て自分を鎮静させた。そうやって何とか今まで一人で生きてきた。
だが、授業がたまたま同じだった男がそれを遮った。
「お前ずっと眼帯してるよな、ものもらい?」
大学生になって初めて声を掛けられたので驚いた。
「別に何でもいいだろ、話しかけてくんな」
そう冷たく言い放てば、今まで興味本位で話しかけてきた奴らは皆排除できた。しかし、彼は違った。そのまま眼帯のガンちゃんとあだ名をつけられ、何かと俺に付きまとうようになった。最初は追いやっていたが、そのうち慣れて、今ではいるのが当たり前になってしまった。誰かと関わるのが本当に久しぶりで、俺も正直嬉しいのだろう、現状に甘えてしまうのだ。明日こそ突き放そう、と毎晩決心するのに、ハルトに会うと一瞬にしてその決意が揺らいでしまうのだ。
あと少しだけ、この気持ちを味わいたい。もはやただの俺のエゴだった。
*
「授業延びすぎだろ、もう7時じゃん」
5限が延びに延び、本来より1時間以上遅く終わった。ハルトに促され足早に教室を出ると、雨と風が吹き荒れていた。
「思ったより酷いな」
ハルトがそう言いながら傘を広げると、突風により一瞬にして傘の骨が折れてしまった。仕方がないので俺の傘に入れ、駅まで送っていくことにした。
「ガンちゃんと相合傘できるとはな~」
「…気持ち悪いこと言うんじゃねえ。追い出すぞ」
いつものように他愛のない会話をしていた。ハルトが近道だからと路地裏を通るよう指示されたので従った。そして、路地裏を抜ける直前、足場が悪かったのかハルトが滑ってしまった。
「おい、大丈夫か…」
ハルトの方に目をやった瞬間、俺の心臓がドクンと高鳴った。あの時の光景がフラッシュバックする。もう感覚のないはずの右目が、やけに熱い気がする。
俺は理性を失うまいと、カバンの中から必死に鏡を探す。だが、焦っているせいかなかなか見つからない。
「絆創膏でも出してくれんの?」
ハルトは鏡を探す俺の姿を見て、そう言った。その声に振り返り、再びその鮮明な赤色を目にした俺は、
とうとう本能に食い散らかされてしまった。
「ゴメン、ハルト」
そして、俺の意識は完全に閉ざされた。
意識が戻った時には、俺は自分の家にいた。赤く穢れた手を見るに、そういうことなのだろう。俺は、この咎を背負うには脆すぎた。リスクを避けてきた俺には、いざという時の対処法が分からなかった。
だから、こうするしかないのだ。
「本当にごめんな、そして、ありがとう」
俺は母親に気付かれないよう声を必死に抑え、尖った爪で自分の首に制裁を加えた。
……
インターホンの音が家に響く。
扉の向こうからは、叩きつけるような雨と風の音が漏れている。
「リュウ?ハルト君って子が絆創膏のお礼にって来てくれたわよ、こんなにひどい天気でもう夜も遅いのに。ほら、早く出てきなさい、ドア開けるわよ?」
嵐は、まだ収まりそうもない。
バッドエンドで好きです。嵐は不穏なイメージがあるので使い方としては正しいけれど、もっと絡ませれるとよかったのかなとは思います。これでもまぁ、普通に面白いけれど。ただ、ダレンシャンしかり、こういう手の話はやり尽くされているので、どうしても既視感を覚えてしまう(わかってるとは思うが)。ありきたりを超えられるとより凄かったかもしれない。
あ、あとどうでも良いかもしれないんですが、人狼の定義も微妙なところがあるのですが、人狼と人間のハーフの場合は狼と人間のハーフであると言えるかは微妙みたいです。お母さんは、恐らく人間の姿をしているようですし。
文章自体はとても読みやすくてテンポよく読めたのだが、やはり字数制限があるが故に、これだけの時間の流れを表現するのに、だいぶ要約というか、経緯の説明のような部分が多くなってしまっていて、クライマックスでも感情的になり切れないような感じがある。私も小説のようなものを書くときにだいぶ悩むのだけど、どの瞬間を切り取るのか、どこで表現力を見せるのか、よく考えながら書くといいと思う。
あと、私の理解力が足りないだけかも知れないが、死別した父親は人間で、母親もたぶん人間で、子は狼と人間のハーフ??とよく分からない。
どうでもいいけど、人狼ゲームがやりたくなった。
ファンタジックな世界観で物語として貫徹しており、いい意味でも悪い意味でも安心して読めた。
嵐との関係性が少し希薄なのかと思ったが、ハルト自体が主人公にとっての嵐なのだという解釈も可能なのだと思う。そう解釈するなら、あえて最後の部分に嵐を示さなくても面白かったと思う。