媚びる/嵐/ふとん

自分を演じるようになったのはいつからだろう。

愛されたい、好かれたい、可愛いと言われたい、ちやほやされたい。
時々、そんな感情が身体中からどろどろと無限に湧いてきて、ぐるぐる流されて中心の真っ黒にくぼんだ深い穴に呑まれそうになる。

わたしは男に好かれることに何よりも幸せを感じるような、安っぽくてつまらない女だ。

小学校でも中学校でも、わたしはモテた。
勉強を頑張っていて、常に誰かに恋しながら奔放に過ごしていたわたしは誰かにとって魅力的に見えたんだと思う。しかしいくつもの私の恋が叶うことは無かったし、好意を示してくれた人を好きになることも無かった。

高校生の頃だろうか、誰かが自分を好きだと思わないと満足できなくなったのは。
男性に好かれるためにいろんな自分を演じるようになった。
数学の先生の前では頻繁に質問に行くまじめな子。
体育の卓球で一緒になった男子の前では素直な明るい子。
塾で一番有名な先生の前では、ミステリアスな落ち着いた子。二人きりの時を狙って話しかけて、渾身の「恋している目」で見つめた。
街ではすれ違う男の人の「あの子可愛くない?」が欲しくて、ふわふわした雰囲気の女の子がするような微笑みを纏って歩いた。

結局、そんなことばかりして醜い自分を隠して、繕って、誰にも本当の自分を好きになってもらえなくなった。

こういう男に好かれたくてしょうがない女は本当の意味で男に好かれることは無い。
男は皆、可愛いのに自分の可愛さに気付いていないような、無邪気で素直な女の子が好きだ。
男にちやほやされたいと思ってしまったら最後、無邪気で純粋な女の子をどれだけ必死で演じようがどこかでぼろがでるし、完璧に演じて愛されたところでその愛は演じている女に向けたものであって本当の自分に向けられたものではないため虚しさばかりが残る。
こういう性格の悪い女は開き直ってメイド喫茶で働くか、オタサーの姫になるか、風俗嬢になるかして不特定多数の男を取り巻いて満足したような気になっているしかないんだろう。

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「媚びる/嵐/ふとん」への2件のフィードバック

  1. 誰からも好かれたいと思う気持ちは、誰しもが一度は経験したことがあるはず。けれども、そんな女は本当に愛されることがないのだろうか?とも考えてしまいました。自分のことを冷静に見て、安っぽくてつまらない女、性格が悪いと侮辱しているところに面白さを感じた反面、主人公の情緒がよくわからなかったです。

  2. これはエッセイ、と私は捉えました。わからなくない。自分を作ってしまう、好かれたいがために、その姿勢、わかる。同族嫌悪さえ覚える。

    でも最近思うのは自分を作ってない人なんていないし、そもそも自分を持ってる人なんている?飾らない自分って何?ということ。もうそんなの寝起きしか思い浮かばない。

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