聖夜に線香/匂いのクリスマス/温帯魚

クリスマスは嫌いではない。ただ、カップルが嫌いだ。

人間は言語により世界を認識するといったのは誰だったか。我々日本人が虹を見て七色と判断し、欧米人が六色と判断するように。人間は教えられた言語により世界を判断する。さらに言えば育った環境が違うならば、同じ言語でも認識の範囲が違う。実際の湘南の範囲は茅ヶ崎までなのに大磯までとか二宮までとかいう輩がいるのはそのためだ。言語は社会に依存し、それゆえ我々は社会に影響される。
つまり私がカップルを見ると憎いと思うようになったのは世の中のせいである。カップルが憎い。道行く大人のカップルに呪いをかけ、初々しい制服のカップルに涙し、猫の交尾に石を投げる。連綿と続いてきた「カップルが嫌い」という歴史は遂に純粋無垢だった私まで到達し、蝕んだ。他の人があまりにもカップルを憎むものだから、私の中に「カップル=憎い」という不文律が刻まれてしまったのだ。これでは私がカップルになれるはずがない。世界に氾濫する「カップルが憎い」に言霊よろしく影響された私は、さながら人間砂漠の被害者、現代社会に生まれた亡霊である。
もし私がここまで社会に塗り替えられずカップルが嫌いにならなければ、私はきっと彼女が1ダースほどいる桃色人生を送っていたに違いない。そう思うと私に彼女ができないのは人間という種における大きな損失であり心が痛んでならない。決してできないわけではない。彼女が欲しい。しかしカップルが嫌いなのだからしょうがないのだ。クリスマスは嫌いじゃない。ただカップルが喜ぶのならば、話は別だ。
よって私がクリスマスを壊そうとしたのは、いわば当然のことだった。

武士は食わねど高楊枝という言葉がある。当代一の日本男児を自負する私であるから、例えカップルが嫌いでもクリスマスは毎年予定があると豪語することにしている。豪語しようとするのだが、よく考えたら私にクリスマスの予定を聞く人間もおらず、しょうがないからそこらの猫やサボテンに「クリスマスは毎年予定がある」と声をかける。サボテンなんかはそんな私に畏怖してなのかピクリともしないから気分がいい。猫は欠伸をするかどこかへ行ってしまう。
しかしそんなことを言ってもクリスマスに予定はないのだ。同じような奴らと飲みに行こうと電話を掛けたのだが、山本も川原も「クリスマスは毎年予定がある」などとほざく。そんな奴らだとは思わなかったから、かっとなって「実は私も予定がある。それを自慢しに電話したのだ」と私の理想の人である朱美ちゃん(18才)についてそれぞれ延々と四時間ほど話してやった。それから電話を切ってからも朱美ちゃん(Dカップ)とのクリスマスの予定を立て始めたのだが、二時間ほどたったところで朱美ちゃん(妹属性)が私の妄想だったことに気付いた。世界は私から彼女だけでなく朱美ちゃん(ショートカット)まで奪うのか。ああ憎い。こうなったのもすべてカップルがクリスマスを満喫するせいである。
そうして私はクリスマスを壊すことに決めたのである。

どうやってクリスマスを壊そうと考え始めたのだが、てんで思いつかない。よく考えれば十時間ほど飯を食っていないのだ。何か口に入れるものはあるかと冷蔵庫を探ったが何もなかった。もちろん私は貧乏学生だから金があるはずもない。仙人のように人に会わずに生きてはいるが、霞を食えるわけではないのだ。
このままでは仙人になる前に死人になってしまう。朱美ちゃん(158cm)を仙術で作り出すという野望が、と考えてそこで思い付いた。線香だ。線香の匂いだ。匂いでクリスマスを壊すのだ!そうして私は再び思考の海へと沈んでいった。そうすれば空腹を紛らわせられるとも思った。

クリスマス当日、私は線香を両手に掴めるだけ掴んで駅前に行った。風で火が消えないようにポストや猫を巧みに使いながら歩いた。猫に「これが俺のクリスマスの予定だ」と声をかけるとあまりのすばらしさにか畏怖して逃げていった。所詮獣よと風で消えた火をつけなおす。両手から濛々と立ち上がる煙と匂いに、しかし私は興奮し、気が大きくなった。クリスマスがなんだ、ここは日本である。日本人は線香の匂いを嗅いだら整然とすべきだと法律で決まっているのだ。ここは仏教の国だ。線香だぞ。祖先を敬え。間違っても子孫繁栄のための第一歩を歩もうなどと考えてはいけないのだ。
そんなことを道行くカップルに喚いていた。
あるいは、線香の煙で酸欠になっていたのかもしれない。

駅につこうとしたところで、遠くから七輪を持った男が歩いてきた。山本だった。さらに駅前では川原が警察ともめていた。私は友人としてすべてを悟り、涙した。友の心に気付けなかった自分を恥じた。こんなことをするべきではなかった。こんなにも惨めな姿をした友に、なぜ気づいてやれなかったのか。
「飲みに行くか」「そうだな」
そうして我らは線香と七輪を持ったまま駅前のイルミネーションを背中に、居酒屋にてカップルを呪いに向かうのであった。
川原は置いてきた。

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「聖夜に線香/匂いのクリスマス/温帯魚」への3件のフィードバック

  1. 朱美ちゃん妹属性のわりに大きいですね。
    さらに妹属性のわりに胸が大きいのはあまりにもいやらしいです。エロ本臭がしました。個人的には年上属性の方がツボでしたが、クリスマスカップルというどこか初々しい響きに妹キャラはとても合っていたと思います。
    朗らかに毒を吐くの、少し森見登美彦っぽい文体ですね。恋人が欲しいがカップルは嫌いだという論理が目新しく、そこに矛盾を抱えているためか、行動は突飛に見えるけれど、感情移入のできる人間味のあるキャラクターになっていました。今後警察の手から逃れた川原がどんな顔をして私に会いにくるだろうとか、そこそこ平穏な日常なのに続きか気になります。いっそ連作にしてくれたら欣喜雀躍します。暗い展開になりそうな出だしからのギャップというのはもう楽しめないかもしれませんが……。

  2. クリスマスは嫌いではないがカップルは嫌いだと言っておいてクリスマスを壊す方へ向かうのは変な話というか、もう少し屁理屈をこねられなかったのだろうか。如何に元の形が厳粛であろうとカップルを騒がせる時点で破壊対象となる、とか。
    激しい物言いをしているわりに結局愚痴を叩くに終わるだけで、スッキリしなかった。こち亀でもクリスマスを破壊するネタがあったが、そこにあったクリスマスツリーを切り倒すシーンのような、直接的な破壊のカタルシスが無いのは勿体ない。

  3. 七輪と警察沙汰に比べれば線香負けちゃいましたね。
    たしかに何か物質的に壊す描写があれば、よりこの愚痴のような文体に合ったのかなと思います。
    あと最初の方のカップルが嫌いな理由を愚痴っている部分、言語のせいなのか世界のせいなのかぶれてるような気がしたというか、どちらかでいいのではというか。結局言語≒世界なんですけど。

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