あの名前を/においのクリスマス/θn

 家から少し歩いたところにあるショッピングセンターは家族連れや恋人たちでいっぱいだった。街全体がキラキラと光って、みんなどこか落ち着かなくなって。私には、この時期になると必ず思い出してしまう人がいる。

 彼は喫煙者だった。高校デビューと大学デビュー、ともに機会を逃した私が入ったサークルは、もちろんそんなに派手じゃなかったわけだけど。その中でひときわ異彩を放つ金髪。それに少しちぐはぐな印象を残す端正な顔。「美少年」という表現が似合うかもしれない。私のような人間からすれば少し恐怖さえ抱いてしまうような、そんな外見。でもひどく頭が切れて、周りを盛り上げるためなら自分を貶めるような言葉も平気で使い、その一方で重要な局面ではしっかり場の空気を締めた。嗜む、では足りないほどの酒と煙草も彼自身は合法だったらしい。

欠点といえば未成年にそれら嗜好品を勧めること、毎日違う女の子と遅くまでほっつき歩いてることぐらいか。

その人からはいつも煙の匂いがした。指摘すれば嬉しそうに、
「この煙草は、他のに比べていい香りがするから」と言って笑った。

「そう?全部一緒な気がするけど」
「吸ってみたらわかるって。これさ、陽の当たる場所へって意味なんだ。なんかかっこいいよな」

校則が厳しい高校に入っていたからか、親がそういうものに対してやたら過敏だったからか、少なくとも身近に煙草をここまで吸っている人はいなかった。そこに自由というか、ある種の魅力的で危険な香りを感じていたのかもしれない。彼はそれを知ってか知らずか妙に私に煙草を勧めた。

「私未成年なんだけど」
「今更何言ってんだよ、酒は飲んでんじゃんか」
「まあそうだけど」
「喫煙者の気持ちってのはさ、喫煙者にしかわかんないんだよ。だから、俺は少しでも理解者を増やしたいわけ」

これも彼の口癖だった。

 確か私が20になって初めてのクリスマスだった。
「ほい、クリスマスプレゼント」
「え、なに」

突然投げつけられたピンクの箱。期間限定パッケージだかなんだかで妙にホログラムでキラキラしているが、間違いなく煙草だった。

「あのさぁ……」
「女性に人気の銘柄。可愛いでしょ?」
「私がこれ貰って喜ぶとおもった?」
「もう未成年じゃないじゃんか」
「吸わないもんはすいません!!」
「じゃあ持ってるだけ持ってなよ。お守りみたいな感じ?」

結局あの煙草はどうしたんだったか。他の吸ってる子にあげたんだったか、それともどこかで捨てたんだったか。

その人は間もなくして彼女を作った。バイト先かなんかの子。写真はないのかと言ったら渋々といった感じで携帯の画面を見せられて、

「……かわいいね」
「だろ」

って照れた。あのとき、あのクリスマスの日に、貰った煙草を目の前で吸っていたら少し、話は違ったんだろうか。

「ママー!!!」

その声ではっと我に帰ると、ツリーをぐるっと一周してきた子供が駆け寄ってきた。

「おい、いきなり走ったら危ないぞ!」

それに続いて彼の父親、私の旦那も走ってくる。子供の体力に追いつけないのか、息を随分切らしていた。

旦那は非喫煙者だ。案外、そんなものかもしれない。

通りがかった煙から、他の家族と同じように子供を庇うようにして三人で歩く。掠めた匂いの銘柄は、やっぱりわからなかった。

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「あの名前を/においのクリスマス/θn」への2件のフィードバック

  1. よくタバコの名前を知ってるなぁと感心しました。
    一つ目はハイライト、二つ目はペティルかな?
    実際にありそうなSSだけど、最後に時間をまたいだ回想があるので、少しボリューム感も感じられました。

  2. 回想している割には彼に対する主人公の心情の描写が薄いので、なんでもない過去をなんとなく思い出している、ような話なのかなと思いました。
    美少年の彼の顔立ちと、金髪で大酒飲みという特性からは大してちぐはぐ感を感じられず、登場人物としての魅力に欠けているのではないかと思います。
    最後にタバコの煙(=彼の象徴?)から子供を守っているので、美少年の彼を主人公は危険な人と認識していたのでしょうか?

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