あの幸福な匂いを/においのクリスマス/ヒロ

 昔のことになる。俺はクリスマスには毎年ケーキを食べていた。独り立ちしてからは当然のことながらと言えばいいのか一人でだったが。
 一度やけになってホール食いしたこともあったが、さすがに不可能だった。いくら寂しさが限界を突破したからといってそんな無茶なことはするべきではないと悟った。それからは自分の分のケーキを二、三個だけ食べるようにした。それでもケーキは嫌いになれなかった。今にして思えばあのケーキの甘ったるくも食欲をそそる匂いは俺にとって幸せの象徴でもあったのだ。

 イブの夜、そんなことを思っていると、一組の母子とすれ違った。すれ違った瞬間に「あのね、ぼくね、あのゲームが欲しいんだ。サンタさんちゃんとわかってくれてるのかなー?」「そうね、サンタさんならきっとわかってくれてるわよ。明日が楽しみね」「そうだよね、サンタさんだもんね。ぼく楽しみにしてるね!」なんていう会話が聞こえてきた。良かったな、坊主。そのうちに真実を知ってしまっても世界のことを嫌いになんてならずしっかりと恩返しするんだぞ。手遅れになってからじゃあどうしようもないんだからな。そう思って見つめていると子どもが右手で持っている箱に気づいた。よく見ると傾けないように注意をしている。ケーキだ。俺もまたあの匂いをかぎ、食べることができるなら、そんな考えがふと浮かんだ。慌てて頭を振りそんな考えを追い出す。今更そんなことを考えてもしょうがない、俺はただ仕事をこなすのみだ。
 
 目当ての家を探して道を進んでいると今度は一組のカップルとすれ違った。いちゃいちゃとしていて、ハッキリ言って耳障りだ。くそ、あいつも振られちまって俺と同じところまで落ちちまえばいいのに。そうすれば俺も同僚が増え、万々歳だというのに。少し相手の男を睨んでいると、さらにいちゃつき始めた。
「ふざけんな! こんなところでいちゃついてんじゃねえ、そういうことは家でやりやがれ!」
 思わず叫んでしまった。だが、カップルがいきなり叫び出した俺に振り向くことはなく、そのまま歩き去っていった。これも当然のことだ。それはわかっているが、少し寂しい気持ちになる。まあいい、それよりも仕事だ。今の俺には仕事しか存在理由はないのだ。それを真面目にこなさなくてどうするというのか。

「ここが俺の担当の家か」
 俺はそう呟き、ある一軒の家を見上げる。この家の人間の資料を見ていると気づいた。ここの家族、さっきすれ違った母子じゃねえか。何という偶然なのか。俺は皮肉気な笑いを浮かべながら、いつもどおりに仕事を始めることにした。
 家に入るとクリスマスパーティーの真っ最中だった。それは母親と子どもの二人だけのものだったが、まぎれもない立派なパーティーだった。二人は仲良くケーキを食べている。それは安物のケーキなのだろう。だけど俺にはそのケーキはとてもおいしそうに見えた。きっと俺の好きだったあの匂いもするのだろう。もちろん俺にその匂いはわからないのだが。
 そして、パーティーは終わり、子どもは眠りについた。その直前までサンタさん、サンタさんとはしゃいでいた様子はとても微笑ましいものだった。しかし、俺はそんな幸せな明日が来ないことを知っている。この家庭は母子家庭で生活にゆとりなんてなく、この子どもが楽しみにしているゲームは買えてなどいないのだ。このままであればこの子どもは明日起きたときに楽しみしていたゲームなどなく、世の中の真実を知り、嘆き悲しむことになるだろう。
 だが、そんな子どもを悲しませないのが俺の仕事だ。確かにこの世界にサンタクロースという爺さんは存在していた。けれど、この人の多すぎる現在、一人で世界中を回ることは不可能になってしまった。そこで目をつけられたのが俺たち幽霊だ。そして特にクリスマスに未練を持つ者が選ばれた。生きている人間が多いなら、死んだ人間だって多いだろうという理屈らしい。俺たちはプレゼントをもらうことができない子どもたちに希望していたプレゼントか、プレゼントに値する何かを与える。それが仕事であり、新たな存在理由だ。俺たちは死んでいるからもう現世のことには関わることはできない。俺の声は誰にも届くことはないし、俺の鼻は何の匂いをかぐこともできない。それでも翌朝の子どもたちの嬉しそうな顔を見るたび、俺はかげるはずのないケーキのあの甘ったるくも食欲をそそる匂いをかいだような気になるのだ。俺はこの子どもの欲しがっていたゲームを枕元に置いた。子どもはぐっすりと眠っている。幸せそうな笑顔だった。

 翌朝、目を覚ました子どもははしゃいでいた。「サンタさんがぼくの欲しかったゲームをくれたよ!」なんて母親に言っている。母親は少し不思議そうな顔をしているが、次第に記憶が書き換えられ、その不可解さもなくなるだろう。
子どもは満面の笑みを浮かべて喜んでいる。「ありがとう、サンタさん!」その声を聞いて、俺は腹がいっぱいになった気分だった。そして、俺はそんな子どもの笑顔を見ながらこの世から消えていった。

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「あの幸福な匂いを/においのクリスマス/ヒロ」への4件のフィードバック

  1. 幽霊がサンタだというのは面白い発想だと思います。しかし幽霊であれば、生前のケーキの話だけでなく、なぜクリスマスに未練を残してしまったのかについてもっと触れたほうが良かったと思います。
    カップルに叫んでも振り向いてくれないところ悲しいですね。なんか共感できます。

  2. 設定は面白いし、物語としては完成していて良いクリスマスSSだと思います。けれども設定の説明が若干くどすぎる様な気がして、折角の物語に水を刺された気分になります。世界観や雰囲気の受け取りはもう少し読者側に任せてみても良いのではないでしょうか。確かに曖昧にするとしただけ自分の思うところは伝わらなくなりますが、作品なんて自分の手を一度離れたらそんなもんですから、もうその辺は仕方ないんじゃないかと思います。
    未練を残していた幽霊が最後に成仏(?)したりと希望が残る展開はしっとりしつつ暖かく、とてもよいと思います。一つ気になるのは、サンタゴーストの未練がまるで触れられていないことでしょうかね……濁すなら濁すでもう少しもだもだして欲しかった感がありました。もう少しなんていうんでしょう、どんなとは言いがたいのですが違った文体書くと、より雰囲気が出て良いんじゃないかなと思います。

  3. 詰め込みすぎな印象を受けた。なんだろう、全部を生かし切れなかった感じ?もう少し要素を減らして単純にして、表現に気をつけたらいい文章になりそう。ごちゃっとした印象になってしまったのがもったいない。もっと説明を省いて心情とか感情が読みたいというか、シナリオを読んでる感じがしちゃうというか。

    と言いつつ、わたしには書き換えができなそうな発想で、面白かったです。

  4. 最初読んでいて、主人公の精神状態は大丈夫かな、いきなり怒鳴りだすのもあまり現実ではなくてコントみたいな印象を受けましたが、幽霊と言われてなるほどそうきたかと感心させられました。
    設定を語ることが多すぎて、結局イライラしている幽霊が仕事でプレゼントをおいて言ってあげたということが長々と述べられているだけなので、心情を読みたかったなのいうのはあります。

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