じんせいはいちどきり!/においのクリスマス/五目いなり

私は、クリスマスが好きだ。
一緒に過ごす恋人がいるわけでも、
プレゼントをもらえるわけでもない。
けれど、クリスマスの日のあの街の輝きと、道行く人の花も咲いた様な笑顔は、とっても愛おしいと思う。
今年はホワイトクリスマスになるでしょう、と告げた天気予報も言った通り、今日の街にはうっすら雪が積もっている。
雪の積もった薄い色の石畳の道は、粉砂糖でお化粧したシュークリームの様で、可愛らしくてたまらない。
赤や緑で彩られた街を飾る小さな電飾は、まるで街に撒かれた金平糖みたいで、なんだか幸せな気分になる。
私は、クリスマスが好きだ。
恋人なんか、プレゼントなんかなくっても、クリスマスはクリスマス。
いろんな人の輝く笑顔に囲まれながら、サンタクロースを演じるのだって、楽しいとは思わない?

「メリークリスマス、良い夜を!」
ケーキを受け取り腕を組んで店を出て行くカップルを、手を振りながらとびきりの笑顔で見送った。
頭に被ったサンタクロースの帽子は少しだけ大きくて、綿菓子みたいな帽子飾りは動く度にぽこぽこ揺れる。
ああ、幸せだ。
次のお客さんの注文を聞きながら、その綻ぶ笑顔に、幸せを感じてしまう。
だって、家族がいて、仕事があって、人を笑顔にすることができて、こんなに幸せなことって他にある?
少なくとも、私にはない。
何をやっていても楽しいと思えることが、最高に幸せだ。
きっと私はこの世で一番も幸せ者に違いないと思いながら、私は次の注文を箱に詰めて、私はまたサンタになって手を振った。

「お疲れさっちゃん、今日はもう上がっていいよ」
「はい、ありがとうございます!」
ラッシュを終えて裏方へ戻ると、小さなケーキの箱を抱えた店長がにっこり笑った。
最近太ったとしばらく前に悩ましげに言っていた店長は、白いひげの飾りをつけて、本物のサンタクロースの様だった。
サンタさんみたいですね、と思わず漏らすと、店長は「どういう意味かな?」と苦笑する。
しばらくくすくす笑っていると、咳払いした店長が、手に持っていたケーキの箱を私に向かって差し出した。
「ほら、今日は頑張ったから、お土産に持っておいで。家族も待ってるんだから、早く帰ってあげなさい」
「え、いいんですか!?」
「ああ、どうせちょっと形が崩れて売り物にはできないから。さっちゃんなら、美味しく食べてくれるでしょう?」
「ありがとうございます、サンタさん!」
「いや、店長だから!」
サンタさん、もとい店長からケーキの箱を受け取って、私は店の外へ急ぐ。
気をつけて帰るんだよ、という忠告を守りながら、滑らない様に早足で街をかける。
被ったままだったサンタの帽子をひょこひょこと揺らしながら、私は走る。
この格好でケーキをあげたら弟はさぞ喜ぶだろうなあなんて、どこまでも幸せな想像を浮かべながら。

夜の街はもう少しだけ落ち着き始めて、子供連れよりもカップルが目立つ時間になっている。
幸せそうに寄り添う男女を見て、全く全然これっぽっちも羨ましくないと言ったら、嘘になる。
けれども私は自分のそばに恋人がいることよりも、恋人たちを見守っている方が、今は幸せ。
いつかはそうじゃない日がくるかもしれないと思うと少しだけ怖くなるけれど、その日にはその日の私がいると思えば怖くない。
家路を急げばだんだんとイルミネーションの数も少なくなり、明かりの落ち着いた住宅街へ差し掛かる。
歩き慣れた道をケーキだけは崩さない様に守りながら慎重に進んでいると、ふと、火薬の匂いがした。
きっと、どこかの家のクラッカーに違いない。
けれどもその煙の匂いは、私を別の場所へと旅立たせる。

もしも私に、家族なんていなかったら。
もしも私に、大切な人がいなければ。
もしも私が、今の私じゃなかったら。

空気に乗った火薬の煙はすぐに冷たい風の中へ、消えてしまった。
けれども私は、思い出す。

硝煙靡く戦場。
塵に塗れた路地裏。
死んだ子猫の亡骸。
足を失った自分の身体。

どれもこれも、妄想の産物には違いない。

だって私はこの国で生まれて、家族と一緒に生きてきて、何一つ大事なものなんてなくしてなくて、体は五体満足だ。
けれどもそんな痛みを伴う嘘の記憶は、どこまでも私を幸福に導いてくれる。

血塗れの記憶は、泥水を啜りながらも生きていく強い私。
泥塗れの記憶は、見上げた夜空に星を探して歌う私。
涙に濡れた記憶は、一途な愛情を抱き続けて死ぬ私。
喪失の記憶は、何にも負けない強い意志で生き抜く私。

まるで、悲劇のヒロインだ。
自分に酔えば、不幸なんて感じ得ない。
それは幸せだと、私は思っているのだから。

それこそ、クリスマスの街と同じくらいに。

「あれ、おねーちゃんそんなところで何やってるの?風邪引いちゃうよ!」

弟の呼ぶ声にはっとして、私は現実に戻ってくる。
いつの間にか、私は家の真ん前にやっていた。
手の中のケーキの箱は、歪んでいない、大丈夫だ。
弟は私の冷え切った手を捕まえると、そこ暖かな両手で温める様に握って、家の中へと引っ張ってくる。

「あのね、今日はお父さん、早く帰ってきたんだよ!お母さんも、たくさんご馳走作って待ってるよ!」
「そっか、じゃあ早く帰らなきゃね」

ただいまと、弟と二人、声を揃えて家に入る。
両親のおかえりという柔らかい声と、鼻腔をくすぐる母の料理に幸せを感じながら、私は自分の家に、入った。
そこに確かな幸せを感じながら。

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「じんせいはいちどきり!/においのクリスマス/五目いなり」への3件のフィードバック

  1. 幸せそうな日常が描かれている中で、突然少なくとも日本では考えられないような恐ろしい記憶が蘇ってくるのは、少しとっつきにくいかもしれませんが風刺的にも見えて面白いです。しかし、痛みを伴う嘘の記憶で自分に酔うのも幸せな一方、文章を読む限り実生活も幸せなので、主人公が結局どのようなものを求める人なのかがつかみにくいです(二重人格なんですかね?)。タイトルの「じんせいはいちどきり!」というのも主人公の二面性からすると合わないのかもしれません。

  2. これは…あの…清田さんの授業で得た感じを使っていますか、違いますか、妄想の辛すぎる現実、みたいなのに逃避する、というか…!なんか賢くないとわからないんじゃないかって、ちょっと嬉しいけど、違ったら恥ずかしい。

    最初の方のほっこり可愛らしい感じすごく好きだったけど、これで終わるわけないだろうなと思っていたら案の定なにやらキツイ言葉たちがあって、良かった。それでこそ!!

    単純に読んでて楽しかったです。

  3. クリスマスにケーキを打っているのは幸せかなと思いつつ読んでいましたが、自分を騙さないとやっぱりできませんね。途中の妄想が割といきなり来て衝撃を受けますが、何気なく生きている裏で、不幸になっている人がいて、相対的に私は幸せと思っているつらさが印象付けられました。
    今は家に帰っても一人なんで、母親の手料理があるってのはすごい幸せなことだなと感じてます。

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