ステンレス/においのクリスマス/やきさば

もやもやしていた。もう一週間近く会えていなくて、たまたま二人の都合が合わなかっただけだけど、ずっともやもやしていた。多分、いやきっと会えていないのが原因。今までは定期的に会えていたのにそれがぴったりとやんでしまったから。なんでそうなったのかはほんとにただの偶然だけど。

正直もう限界だ。なにをやってもたどり着くのはただ一人。どんなときでも頭の中に彼がいて、どんどん私の中に侵入してくる。わたしの体と心の中間地点にどうしてもつかめないあのあったかさがあって、それは一度知ってしまったらもう戻れない。欲しくて欲しくてたまらない。こんなに切なくなるならいっそ知らなければよかったかもしれない、と思うけど結局は「かもしれない」であって知らなければよかったなんて本心でこれっぽっちも思ってない。もう毒されてしまっているのだ。気づけばここ数日、抜け殻のような生活をしていた。

それから3日ほど経った朝、ギリギリまで粘って、一生分なんじゃないかという勇気を振り絞って、なんとか授業後の約束を取り付けた。「今日授業のあと会えない?」「いいよ」返事は秒で返ってきた。一瞬にして心の中のもやもやは消え去った。今までの私の苦しみはなんだったのだろう。会えることが決まったのになんだか素直に喜べない。久しぶりだからだろうか、緊張してどんな顔して会えばいいのかわからない。ずっとこの約束を待っていたはずなのに。消えたはずのもやもやは、形を変えてまだ私の中に留まっていた。

約束通り、授業後に合流してわたしの家に向かった。ちょうどお昼の時間だったので、何か作ろうと台所に立って洗い物をしていたら、左肩に何かがかかった。人の気配と届いてくる声の大きさからそれが彼の顎だとわかった。

どうしよう、近い。

洗っていた鍋を鼻に近づけてみる。ステンレスの匂いがした。
「ステンレスの匂いがするよ。水筒みたいなやつ」
そういって隣にある彼の鼻に鍋を近づけた。
「よくわからない」
返事は期待外れのものだった。でも、そう返ってくるのはわかっていた。実際わたしだってステンレスの匂いがするとは思っていなかった。ていうかステンレスの匂いってどんな匂いだよ。意味わかんない。いきなり近づいた距離にどうしていいかわからなくて、かろうじて起こせた行動がそれだったのだ。頭がパニックになりながらも、心身ともにギリギリの精神状態の中でなんとかつかみ取った最後の綱がそれだったのだ。

次の日はスープジャーを洗った。シチューがこびりついて汚れを落とすのに大変だった。鼻に近づけて匂いを嗅いでみる。ステンレスの匂いはやっぱりしなかった。明日は彼と過ごす初めてのクリスマスだ。ステンレスの匂いなんてもう、言わない。

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「ステンレス/においのクリスマス/やきさば」への5件のフィードバック

  1. 肩に顎を乗せられたら一ミリも動けないな、と真剣に考えてしまいました、すいません。気まずくなった時とか、緊張している時とかって、唐突に変なことをよく言うので、すごく主人公の気持ちがわかりました。明日のクリスマスははぐらかしたりしないぞ、ってことですかね、頑張れ。
    あと、正直この主人公面倒くせえなって思いました。自分から誘っといていざ返事貰えば素直に喜べないとか、よろこべよ!かもしれないとか言ってるけど本心はこれっぽっちも思ってないとか回りくどいんだよ!と突っ込みました。最後の段落が、少し急というか浮いてしまっているので、もう少し工夫すれば、ステンレスを生かせたような気がします。

  2. あまりの緊張か、意味不明なことを口走ってしまう、なんかわかる気がします。
    自分もこうやってヘタレなところがあるので、主人公が勇気を振り絞って約束をとりつけたのに素直に喜べないところがあるなんて感情表現にはなかなか共感するところがありました。

    すごく応援したくなりました。

  3. 「かもしれない」の部分はなんだかとても共感できました。その時は本当に辛いから忘れたいって思うんだけど、それを忘れてしまったら自分じゃなくなっちゃうような気がするんですよね。ただ匂いとクリスマスのつながりがあまりないような感じがしました。テーマに沿う形をとるのであったらもう少しクリスマス要素を入れると良かったかもしれないですね。

  4. 1、2段落目、くどすぎてめんどくさくてイライラした。でも、恋をするってそういうことだよなと分からなくない。そして、焦って意味の分からない言動をしてしまうのも、すごく共感させて、上手いなあと思った。
    クリスマスの匂いで、恋愛系のことを書くにしても、ステンレスに至るのは、斬新ですごい。ただ、次の日も何か洗ったり、ステンレスなんてもう言わない!と反復したりすることで、またずるずると引っ張られて、その突飛さが際立たなくなってしまう。感情的なものを書くにしても、ある程度の簡潔さは必要だと思う。

  5. 肩にアゴ乗っけるってどんな体勢なんだろうとちょっと考えてしまった。身長が同じくらいなら、なんとかできるのかな?すごい邪魔そう笑

    女子ってこのくらい考える人もいるんですね、という印象。こういう人に限ってあっさり別れるんじゃないか、と僕は思ってしまったので、僕の予想を裏切ってくれることを期待したいです。

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