君を見てるよ!/においのクリスマス/エーオー

焼き林檎の皮みたいに濃く赤いスカートの裾が、エドワードの足元をすり抜けていった。
夕方のクリスマスイブの街は帰路を急ぐ人であふれている。明日のごちそうやプレゼントを抱えて歩く人の波を、エドワードはひとり逆らっていった。
『だれも僕のことなんてどうでもいいんだ……!』
数日前に熱を出した妹のリースに母のヘレンはかかりっきりだった。せっかく練習した聖歌隊の発表も見に行けないかもしれないと言われたエドワードは、かんしゃくをおこしてツリーの玉飾りを投げつけた。飾りは父の写真に直撃して粉々になり、エドワードはヘレンが呼ぶのを無視して外に飛び出した。
冷風が心地よい。ほおをじりじりと焦がしそうな暖炉の火から逃げてきたのは案外正解だったと思った。雪をじゃくじゃく踏みしだくと、水と土が溶け合うにおいが鼻に昇ってきた。
“リブ・キャノピー博物館”
エドワードは顔を上げ、入り口の数段の石階段を上って重い扉を開けた。

館内はしんとしていた。他に客はおらず、入り口にはしけたツリーが仏頂面で立っている。エドワードはほのかな暗闇で満ちた展示室へと入っていった。
深海のように静まり返った部屋で、骨たちは厳かにそびえたっていた。エドワードは一つ一つ通路を縫って見ていった。頭上を泳ぐティロサウルス、見上げると首が痛くなるくらい高いパラケラテリウム。時おり埃が舞い上がってプランクトンのように瞬いた。
しばらくして、エドワードはひとつのプレートを見つけた。

“世界の果て”

まばたきをする。外気で冷やされていた下のまぶたがしっとりとして気持ちよかった。ベッドに潜りたての時の、ひんやりしたシーツの感触とよく似ていた。少し汗ばんだ指先でエドワードは刻まれた文字をなぞった。

突然、コートを巻き上げるような強い風が吹いた。再び目を開けると、エドワードはひとり平野に寝転んでいた。
巨大な恐竜かなにかの肋骨が、ドームのようにエドワードのはるか高みを覆っていた。土くれを何年もかけて丁寧に固めたみたいなその骨はしなやかに湾曲している。エドワードは外の世界から途方もない力で守られているようだと思った。骨と骨の間から暗闇が滲んだ。
そこにひとつも音はなかった。辺り一面に降り積もった雪が、夜空ごと辺りをキンキンに青く冷やし固めていく。押し固められていくような感覚にエドワードは声を出そうとしたが、セメントのような沈黙がそれを阻んだ。
『だれか』エドワードは必死で祈った。『誰か、僕をここから出して……お願い……』

その時、何処かで何かが砕ける音がした。それは重なって響き合いこちらに近づいてくるときには鈴の音になっていた。何か巨大な音が風を切る音がする。それは頭上で止まったようだった。
誰かが屋根を叩いている。赤い帽子を被って髭を蓄えた人物は肋骨の隙間からこちらを覗きこんでにっこりと笑った。
「メリークリスマス!」

「エドワード、エドワード!」
方をゆすられてエドワードは目を開けた。いつの間にか展示室の外のベンチに座っており、父のウェーバーが前に立っていた。
「父さん!」エドワードは驚いた。「クリスマスは帰ってこれないんじゃなかったの?」
「そう覚悟してたんだけどね。なんだかどうしても帰らなくちゃいけないって気分になったんだよ」
すっかり冷たくなったエドワードの手を、ウェーバーが硬い手のひらでさすった。
帰り道、ウェーバーがチャイティーを買ってくれた。熱い液体が喉を通ってお腹に満ちていく。いつもは苦手だったシナモンが、身体のあちこちを巡ってぴりぴりと発火してエドワードをあたためてくれた。

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「君を見てるよ!/においのクリスマス/エーオー」への4件のフィードバック

  1. どういう匂いの話なのだろうか。僕の貧困な想像力では冬の冷気で赤くなった鼻で感じるツンとした匂いだと感じた。それは、まあそれとして。其々の家族の中での役割を何々の誰々と表現するのは、もっとうまくできたのではないかと思う。会話があったのだからその中で何々と呼ぶことができるから。また、修飾が多用されていて、印象が薄れてしまうので、あえて使わない部分もあっても良いのかなと思う。

  2. 「雪をじゃくじゃく踏みしだく」っていう表現好きです。

    私は最後のチャイティーも匂いの表現の一つのだと思いました。「チャイティー」って言葉だけであの独特な香りが連想させられます。あたたかく終わってよかったです。

  3. 上で指摘されている「会話文」が終盤まで登場していないように思えるのは僕だけでしょうか。たしかに、『』での心情描写は使われていますが。
    このお話の構成的に、序盤の状況説明の時点では「」つきの会話は使えないので会話文の中で関係性を説明するのは違うような気がします。
    状況説明に台詞を用いると、かわりに情景による心理描写に分量を割くことができる利点はありますが、台詞が途端に説明臭くなってしまうのが難点ですし。この話の場合は構成を変えずともよいのではないでしょうか。

    主人公の内面という閉じた世界が、愛するひとによってことばが発されることで解放されるシーンは印象的です。ですがそれだけに、やけにあっさりと問題が解決したなという印象を抱きました。
    また、イリュージョンのような心象世界の描写が魅力的で、結末の安心感、カタルシスが薄れてしまった印象です。読者としては、なんならずっと閉じこもっていた方が心地いいかもしれません。

  4. 主人公の行動の流れと状況の描写を自然に書くことができないので、参考にさせていただこうと思いました。
    父の○○という表現には私も少し違和感がありました。
    私だけかもしれませんが、いつも名前が二つ以上出てくるとすぐわからくなってきて読み飛ばしたくなってしまいます。すると三人称の文章がだめということになってしまうのですが、できるだけ名前は少ないほうがありがたいです。

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