奇跡/においのクリスマス/峠野颯太

クリスマスには奇跡が起こる。僕はそれを信じている。

当日、気合を入れようとしていたのに、寝坊してしまった。今日こそ身だしなみをいつも以上に整えなきゃいけないのに!

「服も髪も微妙だし!これじゃ台無しだよ!」

バーニャカウダーを右手に持ちながら、学校へと走る。少し油断すればすぐに溢れてしまう為、慎重かつ大胆に一歩一歩を踏みしめる。

「このまま食べれば、学校着くぐらいには完食できるかな」

と、言ったその直後。視界の右端から何かが飛び出してきた。僕は避けられないままぶつかり、尻餅をついた。

「いてて…。あぁぁ!バーニャカウダーが!」

まだ半分しか手のつけてなかったそれが、見事に僕に降り注いでいた。今日に限って白いセーターを着てきたから、シミが目立つ。やっぱり黒にすればよかった…。

「ごめんなさい、急いでて…」

アンチョビ色に染まった白いセーターに夢中になっていると、弱々しい声が聞こえてきて、僕は思わずキッと見上げた。

「ちょっと!どうしてくれ…」



目の前には、絵本から飛び出してきた人形のような、僕の理想そのものが立っていた。

「これ良かったら使ってください。本当にごめんなさい!」

頭を下げながら白いハンカチを僕に差し出してくれた。

「ありがとう…あ、あの」

連絡先交換しませんか、と声に出す前に、走り去ってしまっていた。
か、可愛い。全力で走る姿も、なんだかシンデレラみたいで愛しい。
今日の占い信じてバーニャカウダー食べて良かった!なんて最高な日なんだろう!ハッピーメリークリス…




「…じゃないよ!遅刻だよ!」

僕は立ち上がって、全速力で走り出した。







「なんだよ遅刻じゃねえのかよ俊彦〜!……ってお前なんかアンチョビ臭くね?」

「これ?フフ、幸せの匂いだよ」

「アンチョビが幸せの匂いって何だよ……カツオやクジラじゃねえんだから」

分かってもらえなくていい。これは僕だけにしか分からない、僕だけの喜びなんだ。
握りしめすっかりシワシワになったハンカチを、鼻に近づける。いい匂いがする気がする。
ハンカチに夢中になっていると、ガラガラと教室の扉が開く音がした。

「おい誰だ朝からアンチョビ食べてきたやつは?OLかー」

「先生、俊彦です」

「俊彦、OLごっこはもっと徹底的にやれよー。授業後トイレで、先生のあれはないわーと身だしなみチェックするまでがテンプレだぞー」

どっ、とクラスが沸く。
何が面白いんだ。僕は占いを信じてバーニャカウダーを食べてたら素敵な人に出会っただけなんだよ!

「そうだ、転校生がこのクラスに来るぞ。ほら入ってこい」

転校生?…ハッ、これはもしや…
あの子が転校生では?そして僕の歯車が回り始めるフラグでは!?いけ、運勢一位の乙女座パワー!

しかし、教室に入ってきたのは…





「成瀬 凛太朗です、よろしくお願いし…」

「男かよ!」

しまった!余計なことを!

「…おーい俊彦。思春期も大概にしろよ、クリスマスだからって肉食系OLもそこまで飢えてないぞ」

「すいません…」

いや、絶対にクリスマス直前の余り物OLの方が必死だよ!なんてことを思っていると、転校生が先生の方を向いて、

「あの、僕はどうしたら…」

と申し訳なさそうに口を開いた。

「あぁすまん、俊彦の隣がお前の席だから、そこに座れー」

ここでフラグ回収!?転校生が隣ってテンプレ中のテンプレじゃないか!そうじゃないんだよ!クソ、現実は甘くないってか!



「よろしくね」

隣に座った彼が声をかけてくる。

「…よろしく」

期待した自分への苛立ちを思わずぶつけた、あまりにぶっきら棒な言い方に、自分でも驚いた。これは流石に謝ろう…。

「あ、ごめ…」

彼に目を向けると、思わず声を失った。あれ、今朝の子に似てるような?でも、あの子は眼鏡なんかかけてなかったし…。
じっと見つめていると、彼は不思議そうな顔をする。

「どうしたの、そんなに見つめて」

「アッ、いやなんでもない」

慌てて目をそらし、机の上のハンカチを見る。待て!こんなフラグ回収あってたまるか!さっき現実の厳しさを噛み締めたばかりなのに!

「ん?そのハンカチ…なんで俊彦くんが持ってるの?」



え。



「しかもアンチョビの匂いがする…?」



え。え。



「もしかして、今朝の…?」



え。え。え。



「さっきは眼鏡かけてなくてよく見えなかったんだけど」

嘘だろ?



「俊彦くん、クリスマスの奇跡って信じる?実は僕、


乙女座なんだ…よね」




あ………。フラグ頂きます。


「凛太朗…

ハッピーメリークリスマス」





こうして僕と彼は、バーニャカウダーの匂いというクリスマスの奇跡によって結ばれることとなった。

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「奇跡/においのクリスマス/峠野颯太」への5件のフィードバック

  1. ボーイズラブ、ですかね。あんまり詳しくないので、細かくいろいろ言うことはできませんが…

    とはいえ、すごく少女漫画みたいなピュアな展開ですね。微笑ましいです。
    アンチョビってどんな匂いでしたっけ。少なくともあまり心地よい匂いではないような…

  2. よく分からないけど、出てくる人皆馬鹿っぽくて、でも親しみが湧いて、その表現が上手で、なんだか楽しいきもちになった。
    食パンではなくバーニャカウダだとか、主人公自らテンプレを口にするとか、外してきていておもしろかった。
    最後の急展開が雑すぎるが、それによる安っぽさが、読みやすさにも繋がっているのかも知れない。

  3. 全体的にコメディタッチで書かれていてとても楽しく読めました。登校中にバーニャカウダー食べてるっていうのが個人的にツボです。奇跡の出会い方をした人なら、女の子じゃなくてもいいんですね(笑)

  4. くだらねええと終始笑って読んでました。まっすぐにくだらなくて大好きです。なんでバーニャカウダーやねん!と、突っ込みたくてしょうがなかったし、OLのくだりもよくわからないし。とりあえず凛太朗くんの顔が見たいなあ。

  5. 2015年をまさに峠野という文章で締めくくってくるところ、さすがだと思います。細かい突っ込みどころを入れながらも、ノリと勢いで最後まで読む側を楽しませて突っ走る姿勢はすごいです。
    最後のオチもありきたりではなく、まるで不思議系漫才のオチのような独特の面白さを引き出しています。

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