或る男の最期/においのクリスマス/リョウコ

クリスマスでも平日ならば仕事はあるし、人が死ぬ。
12月24日の午後19時過ぎ、通勤特急横浜中華街行きはいつもと変わらず混雑していた。左隣に立っている香水のキツイOLは、先ほどからスマートフォンの画面ばかりをじっとみつめていて、ワックスで固められた立て巻のカールが後ろの中年の背中と自分の背中でぺちゃんこになっていることに気が付いていない。右隣の受験生らしき少年は、大きなマスクで不機嫌そうな顔の半分を隠し、引きちぎるような勢いで単語帳のページを捲っている。
俺はぼんやりと窓ガラスに映る聖夜の満員電車を眺めた。

「ねえ、知ってた?」
不意に三日前に別れた彼女の声が聞こえた。
「幸せで人は死ぬんだって」
下世話な話の好きな女だった。誰それが別れただの、芸能人のあの人は実は自殺だったらしい、だのと裏付けの薄いゴシップを鵜呑みにして嬉しそうに俺に耳打ちしてきた。スタイルも顔もそれなりの彼女と、3年間は恋人だった。別れるまでの1年はただのセフレのようだった。
幸せの匂いで人は死ぬ。某有名大学の教授が研究の結果でどうたらこうたら。だからクリスマスには毎年日本国内で十数人は死んでいる。
同じ大学に通っていたのに、随分と頭の弱い人だったなあとぼんやり思う。それでも居なくなるとなんだか寂しい気がするもので、この聖夜に明かりも女も無い部屋に一人で帰るのが憂鬱だった。

駅前で必死にケーキを売りさばくサンタ服を着た女の子のミニスカートから伸びる足が不安になるくらい細くて心もとなかったので、少し高めのチキンのセットと一緒にワンホール購入した。
開きっぱなしのノートパソコンの前に4ピース入りのチキンの箱とホールケーキを並べ、コンビニで買った安い赤ワインを開ける。冷めきったチキンの重たい油の匂いと、エアコンの埃っぽい匂いが混ざり合って、男一人の部屋の虚しい匂いになる。
温まってきた指先でキーをはじいて、ユーチューブで適当に音楽を垂れ流す。食べ方に口を出す人間が居ないので、チキンを片手で鷲掴み、空いた手でフォークを握ってケーキを貪る。ガブガブとワインを飲むと、疲れからかすぐに酔いが回った。
ランダム再生で流れてきたスローテンポのロックを聴きながらゆっくり目を閉じると、心地よい眠りの波に意識が攫われた。
一人きりの部屋の中、俺は彼女とずっと別れたかったのだとぼんやり思った。幸せなクリスマスだった。

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「或る男の最期/においのクリスマス/リョウコ」への2件のフィードバック

  1. 鮮やかすぎる情景描写とシンプルすぎるストーリーのコントラストが印象的でした。欲を言えばもう少しひねりのある展開が欲しいところ。

  2. 寂寥感がよく表現されているなと思いました。寒さとか電車の混雑とか手に取るようにわかるというか。それに比べて彼女の描写が少しあっさりな気がしましたがその辺のバランスは難しいですね……。

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