私を包む/においのクリスマス/Gioru

ガタガタと揺れる電車の中で、私は思わず舌打ちしてしまいそうになるのを何とかこらえた。

最近自分の思い通りにいかないことが多い。集中したいことがあるのに、私の周りはそれを許さない。頼んでもいないのにトラブルはやってきて、勝手に私を巻き込んでいく。それに、わざわざこの時期に来なくてもいいだろう、そう思うのだ。

電車が駅に着くためか速度を落とす。この駅で降りるのだろうか、やけに気合の入ったメイクをした女性が席から立ち上がり、つり革をつかむ私の横を通り抜ける。

その際に、強すぎるラベンダーの匂いが私の鼻を突き抜ける。これではリラックス効果なんて望めるわけがない。むしろ興奮しそうですらある。いや、それが狙いなのか。ともかく私にとっては不快でしかない。

ますますイライラしながら、私の降りる駅が来るまで立ち続ける。さっきの女性が立った席には、あの匂いが残っていそうで座る気にはなれなかった。

 

ようやく降りる駅までたどり着き、少しでも早く広い場所に出たいと進める足を速めた。駅のホームを抜けて狭い階段を上がれば、そこはキラキラとした雰囲気の漂う店がずらりと並ぶ。その光景に思わず目を奪われるが、私が一人であることに気づき、まず落胆する。そして、目的地はこのキラキラの更に奥にあることを思い出し、駅のホームに逃げ帰りたい気持ちに襲われるが、それではここまで来た意味がない。歯を食いしばって前へと進む。

いつもとは雰囲気の違う通路をひたすら歩く。電飾は七色に輝き、通路の脇にあるベンチには男女のペアが寄り添って座る。店前にはツリーと一緒に、世界的著名人の真っ赤なおじさんがにっこりと笑ってこちらを眺めている。どれもこれも普段と違っていて、私の中で黒い物体が渦を巻いているかのような感覚に襲われる。安心できなくて、心細くて、それでいて腹立たしい。

見慣れたドーナツ屋からの甘い匂いに少し心が落ち着く。けれども、その一つ向こうの店ではケーキがずらっと並んでいて、途端に甘い匂いが嫌になる。そこら中が明るくて、お祭りみたいに騒がしくて、いつもとはちょっと違う空気が流れている。鼻からその空気が私の中に流れ込むたびに、私の足は何かに追われているかのように速足になっていった。

あと少し。あと少し。あと少しだけ。どうか、保ってくれ。今吐き出したらきっと止まらない。お願いだから、もう少しだけ。

 

ようやく目的地が見え滑り込むように会場に入る。受付で、チケットを交換してもらいホールへの扉を開く。音を外に漏らさないために扉は二重になっている。一枚目を開けて、はやる気持ちを抑えながら二枚目を開ける。隙間ができた瞬間に私を包む乾いた空気。どこか埃っぽさのある、いつもと変わらない空気。そしていつもと変わらない会場の姿が遅れて私の目に飛び込む。

あぁ、ここだけは。ここだけは変わらない。

世界が一色に染まっても、ここだけは変わっていなかった。今日はどんな演目だっただろうか。少なくとも今日に関連する演目でないことは確かだ。

指定された席にゆっくりと腰を下ろす。鼻から大きく息を吸い込み、吐き出す。やがて演奏は始まり、私は今日という日を過ごす。

特別な香りのしないこの場所は私にとっての楽園かもしれない。

 

 

 

余談だが、私はこの二時間後に座席上で苦しむことになる。

何故かって? アンコールでクリスマスソングが流れたからである。

どこまでも、特別な空気は私を逃がさなかった。

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「私を包む/においのクリスマス/Gioru」への2件のフィードバック

  1. 最初、ふと感じる匂いに、焦点をおいていて、そのにおいから早く抜け出したいというくだりから、癒しを聴覚にもってくるあたり面白かったです。

    個人的な疑問ですが、香りのしない場所ってあるのでしょうか。

  2. 前半部で語尾にもう少し工夫が欲しいです。

    匂いと空気感で、空間独特の雰囲気が出ていました。
    二重扉のどきどき感はすごく共感できます。

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