サンタさんにお願い/においのクリスマス/きりん

冷えた海風が駅前のイルミネーションに吹きつけていた。12月も24日。相応しい寒さだ。
「くそったれ……」
足早に屋内を目指す。風に当たった唇が冷える、乾く。条件反射みたいに水っ鼻が垂れてきた。マフラーに埋もれた首を伸ばし、思わず天を仰ぐ。

日の暮れた午後六時。若いカップル、会社員、女子高生がこちらには目もくれず、傍らを追い越し、またすれ違っていった。
自分が不機嫌なのは世間が浮かれるこんな日にバイトだからではない。この鼻のせいだ。

誰かを拉致・監禁するなら覚えておいたほうがいい。鼻づまりの酷い、つまり今の自分のような人質は、猿ぐつわをしただけでも勝手に窒息する恐れがある。

人は鼻の穴の片側ずつ、交代で呼吸しているらしい。スパンは約2時間半。そしてこの鼻は風邪という訳でもないのに数日前からつまり始め、片側ずつだったのが昨日からついに両方が詰まったまま。呼吸に支障をきたしている。

クリスマスパーティー?行く気も起きない。料理もお酒もニオイがない。つまるところ、ほぼ味覚がない状態なのだ。

ああもういや。
詰まってるくせにしょっちゅう垂れてくるし。

昔読んだ小説で、とある作家が

“鼻詰まりだと、文章も呼吸に合わせて自然と短かくなってしまう”

とか書いていたが、今実感している。息を吸う度に、脳が固まる気がする。

脳に酸素がいったところで話を戻すが、本当に、視覚と聴覚、触覚だけの食事ほど味気ないものはない。ご馳走ならなおさらだ。どんなにファンシーだろうがケーキの味がしない。度々鼻詰まりに悩んできたのだ。ふわふわのスポンジがキャラメルなのかチョコレートかもわからない、あの虚しさをもう知っている。今日浮かれたところで、きっと焼酎と日本酒の区別もつかないだろう。

それ以前に、鼻から空気が抜けないので、何かを飲み込むこと自体が現状苦痛である。

午後11時、バイトを終えてロッカールームで着替える。
「……っくし!」
こちらのくしゃみに気づいた同僚の女性が振り向いた。
「あら、風邪?もう寒くなってきたから、気を付けてよ?それにしても、かわいいくしゃみねぇ」
あいまいに笑う。盛大にくしゃみをすると鼻に多大なダメージを被るんです、とは言わなかった。

再び駅前を歩きながら、途方に暮れる。
今日は破れかぶれで突然のシフトチェンジを受けてしまったが、明日は人と約束がある。食事の約束だし、せっかくならおいしく食べたい。

寝て起きたら、都合よくすっきり回復していたり。そんなことをくだらなくも切実に願った。

サンタさん、お願いだから、新しい鼻をちょうだい?
アンパンマンみたいにぶつけて、この鼻もスパーンと入れ替わったりしないだろうか。

さっさと帰宅し、時刻は午前零時。夜食を詰め込むこちらの様子があまりにぐったりとしていたからか、寝間着姿の母がキッチンのどこからか、小さな包装を取り出した。

「漢方薬なんだけどね、前に耳鼻科でもらったの。そんなに酷いならこれ飲んでから寝れば?」

ここで受け取るとプレゼントはこの漢方薬で済まされそうだったが、藁にもすがる思いで包みを切る。
その褐色の粉末は、完全に詰まった鼻でもなにやら違和感を感じる匂いがしていた。さらさらと口に流し込めば、強烈な刺激で途端に咳き込み、水を飲んでなんとかしのぐ。
味覚が無くてもわかるほど、ありえないくらいにまずい。そして咳き込んだのどが痛む。

二度と飲むまい。

それでも、かすかに希望を抱きながら、その夜は布団へともぐりこんだ。

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「サンタさんにお願い/においのクリスマス/きりん」への2件のフィードバック

  1. 嗅覚がないことによる味覚の鈍さ、とても共感できるものがありました。

    完全に詰まった鼻で匂いを感じられるのか微妙です。あまりの刺激に多少鼻が通るくらいであったのか、雰囲気だけで匂いが伝わってきたように錯覚したのか。もう少し工夫できるとさらに面白くなりそうです。

    それと、会話文中の? や! の後は一マス開けることが決まりごとになっていることが多いです。

  2. 嗅覚と味覚を関連付けたのはとても共感ができて読みやすかったです。

    話がたんたんと滑らかに進んでいて起伏が少ないと感じましたが、その文体が嗅覚が麻痺すると味覚も麻痺するというメカニズムを上手く読者に伝えているなと思いました。

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