めめ/眼/染色体XY太郎

「人の眼を見て話しなさい」
と、僕はよく言われるのだけれど、その言葉通り、眼を見て話すの苦手だ。
目は口ほどにというように、何だか自分が見透かされているような心持ちがして、どうにも落ち着かない。しかし、よく考えると、眼を見て話さないことこそ、僕がどのような人間であるかを如実に表している気もして、あぁ、眼をしっかりと見て話すことのできる人生を歩みたかったなぁと劣等感にさいなまれて辛い。では何を見て話すのかと言われると、大体は中空を見ているだけれど、演劇をする際などどうしても見なければならない時は、その人の顔全体を見ていることが多い。イメージとしては絵を見ている感じだ。絵を見る時、そりゃあ、内部に書き込まれた個別のものを見ることもあると思うけど、多くの場合はなんとなーく絵という額縁に囲まれた物全体を見ていると思う。そんな感じだ。だから、恐らく僕と話している人は、こいつ何処見てんだと思うことだろう。違うんですよ。眼を見れないだけなんですよ。チューする時も変なところを見てしまうんですよ。許してください。

ところで。
「め」と言いますと、眼と目の二つの漢字があるけれど、僕が見れないのは眼で目は見れる気がしている。それはなぜかというと、二つの文字イメージが違うからだ。先の例で言うと、目は顔の中のパーツとしての目で、僕にとって二次元の中に書かれている目となんら変わりがないものに思える。対して眼はなんだか強い、力を持ったものに感じる。まるで、それだけがそこにあっても意志を持っているような。つまり、生きた眼という事だ。多分この印象は昔、なにかで読んだ「邪眼」のせいだと思う。
しかし、そう考えると、コミュニケーションで対面する「め」の多くは眼なのだから、僕は眼を無理矢理、目にする事でコミュニケーションをとっているという事になる。という事は、僕は三次元コミュニケーションを二次元コミュニケーションに変換しているという事。つまり、人間と喋っていないと思う事によってしかコミュニケーションが取れないという事だ。まるで、アドベンチャーゲームをしているかのように。
それは、自分がコミュ障であると述べていると同じなので、酷く辛い。だから、これからは一生懸命、眼を見れるようにしたいのだけれど、ところがどっこい、最近、合わせたい眼がある。それは恋人の眼で何故ならば彼女とチューがしたいからだ。しかし、彼女はなかなか眼を合わせてくれなくて、聞いてみたところによると、チューしたいのを知っているから嫌だそうだ。僕が眼を見る事ができるのはもう少し先の話になりそう、いや、なるといいなぁ。

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「めめ/眼/染色体XY太郎」への1件のフィードバック

  1. 目と眼の違い、なんとなくわかる気がします。私も眼を見て話すのが苦手で、というかもはやここでいう目を見ることすらできませんが……。
    と、このように納得できる部分が多かった分、彼女についてのエピソードが無理矢理ねじこませた感じが半端じゃないです。きっと、彼女の眼を見たいということが一番言いたいことなのでしょうが、それにしては前置きとしての2次元コミュニケーションなどの部分とのバランスがあまり良くない気がしました。それを解消しようとしているのかもしれませんが、冒頭部分のチューする時も〜は、唐突すぎるし、読み直せば納得はできますが、やはりそれでも浮いているような気がします。
    でも、内容としてはとても好きだし共感できます。

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