こっちとあっち/眼/Gioru

モンハナシャコという生物をご存じだろうか。漫画を嗜む人にとっては「あぁ、あの黒光りするGを倒すボクサーの」となるかもしれない。その驚異的なパンチ力もさることながら、実はもう一つのある特徴を持っている。

 

とてつもなく目が良いのである。

 

人間ではおよそ1万色の色を識別できるというが、このシャコはその約10倍。10万色もの色を識別でき、さらには紫外線すらも見ることができるという。

ここまで書いて私が言いたいことは何なのか。

 

自分自身とは違う世界が見えている他者が存在しているということである。

 

同じものをほかの人と一緒に見て、それぞれの印象が違ったことはないだろうか。

私たちがこの世界を認識するためには五感を用いるほかない。そのなかで特に比重を占めるのは視覚であるだろう。目に入る情報を元にこれからの行動を決定していく。何かが自分に向かって迫ってくれば身構えるであろうし、美しい風景には足を止めるかもしれない。相手の表情を窺い、言葉やイントネーションだけではわからない細々とした表情の変化を読み取る。そうやって私たちは生活をしているのだと思う。

でも、自分が見ている景色は万人に対して共通のものではない。

雲を例に例えればすごくわかりやすいだろう。ある人が入道雲を見れば綿あめ。しかし、別の人が見ればソフトクリームかもしれない。

それぞれが視界から手に入れる情報はそれぞれに変換され、彼ら自身のものへと定着する。人はそれぞれ違う。書いてみれば実に当たり前のことである。

 

ところがその当たり前は、わかりきっていることのはずなのに問題を生み出す原因となりやすい。ある一組の男女がいたとする。ふたりにとってはお互いが気の合うただの友達であっても、傍から見たら恋人と判断される可能性もある。逆もまた然り。

 

残念なことに、現在の科学力で『相手の視点に立つ』ことはできても『相手の視点から見る』ことはできない。もっとも、そんなことができるようになってしまったら、プライバシーなんてあったものではないが。

相手の立場に立って考えてみなさいとはよく言われることであるが、それは『私という視点から見た相手の視点の予測』でしかなく、どんなに頑張っても正確になることはない。それでも他者の視点を何かと気にしながら生活する私たちはその予測するという行動を止めることはできない。ひょっとしたら、この予測能力が卓越している人が人の上に立つのかもしれない。相手の視点を予測し、考えを予測する。そこからうまく導いていければ、自分好みの世界へと変化させることも可能かもしれない。

 

今日も私は他人の視線に晒されて生活する。

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「こっちとあっち/眼/Gioru」への5件のフィードバック

  1. 私たちはみんな同じ働きをもつ「目」という機関を持っているのに、そこから見える景色も、とりいれる情報も、みんなそれぞれ違って一つとして同じものはない。これはみんなわかっていることだけど、私達は他者のそれを、考えずにはいられない。
    けれども、必ずしも人の上に立つ人がその技術に長けている人とは限らない気がします。
    相手の視点にたって予測するのではなくて、巧みな話術によって、相手を自分と同じ視点に立たせてしまう人がたくさんの人を先導するのかもしれない、とそんなことを考えました。

  2. 一つ気になるのは、相手の視点に立つのは科学力によるものなのか、というところです。
    色々な目に晒されていても、それは所詮自分の目でしかないのは不思議な気がしますよね。それなのに、同じ目でも色盲だったり、錐体細胞の感受できる域の違う人がいたり、共感覚であったり。そんな想像もつかない世界もあるって本当によくわからないです。
    もっともそこまでいかなくても世界は違いますけど。他人の視線も含め、自分の世界を楽しめるようになりたいです。

  3. 導入、掴みの部分が、私はあまり漫画を読まないのでよくわかりませんでした。もっと単純で一般的な話題から展開していって方が良いのでは……?
    また、科学的な捉え方での目から、他者の視点へ繋げ方に少し無理があると思いました。

  4. 僕自身も漫画を嗜む人なので真っ先にテラフォーマーズを思い浮かべた。そのせいか説明も漫画風になって聞こえたのがちょっと面白かった。その後の哲学的な探求みたいなことも何かの昔に小論文で書いたような感じがしてどこか懐かしく感じた。でもスラスラと読める感じの文章で読みやすかった。

  5. 錯覚による洗脳はSFの古典的なネタらしいですが、自分の感覚は絶対だと信じてやまない人が多いだけにその足下を崩すのが魅力的なのでしょうか。
    現代では全盲の人がカメラを通して神経パルスを受容し、光を感じる程度には視力を手に入れることが可能になっています。いずれ、人に視界を「見せる」ことは可能になるでしょう。このネタを突き詰めるだけで王道SFが一本書けると思います。
    強いて言うならば、最初に登場するシャコについての知識は単純に面白いですが、あまり的確な例えでなかったかもしれません。次の展開はバレてしまいますが、赤緑色盲などの色覚異常で論を進めた方が、後のためにはよりスムーズな印象があります。

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