みつめるもの\目\ヒロ

「行ってきます」
 そう言っていつものように家を出たところで後ろからあの感覚を感じた。誰かに見られている感覚だ。これもいつものことだ。念のため振り返ってみるがやはり誰もいない。そのことに緊張感なのか、安心感なのかよくわからない感情が心に満ちる。
 この視線を俺が感じ始めたのは十歳の時だった。その明確なきっかけは覚えている限りなかったはずだ。ある日突然感じるようになったのである。視線を感じ始めたころは毎日がとても辛かった。いくら親や教師に視線を感じるのだと言っても全然相手にされず、自意識過剰なだけだとされて面倒がられるようになり、視線は一向に消えることはなく俺に注がれたままだった。
何年か経つうちに俺も視線にも慣れて、ただの自分の錯覚だろうと思うようになっていった。視線の主なんて人間はいない、俺は誰にも見られていない、と。しかし、それはちょうど俺がそう思い油断し始めた時だった。俺が下駄箱の中を開けたとき一枚の手紙が入っていることに気付いた。最初はラブレターかもと思った。だけどその手紙はそんな甘いものではなかった。いや、ラブレターでないとは言えないかもしれない。その手紙には大きく「ずっと見ています」とだけ書いてあったのだ。ほかの言葉やあて名もそこにはなかった。俺には送り主が視線の主だということが何故だか確信できた。
それから俺は常に視線を意識して暮らしてきた。学校にいるときも自宅にいるときも風呂に入っているときも。事実どんなときも視線は俺の背中に注がれていた。誰かが見ていると思うと怠けることに罪悪感を感じ始めるようになり、真面目に過ごすようになった。見られ続けることに安心感も感じるようになった。視線の主は手紙以外には何もしてこない。それなら逆に安心じゃないのか。自分が犯罪を犯そうとしても見られているのではと思えば自制できる。視線の主の正体がわからないことに不安はあるけれど、俺を見ることが目的なら俺を守ってもくれるはずだ。俺さえ気にしなければ悪いことなんてない。誰かに見られ続けるのは最高なことだ。俺は真面目な自分を意識しながら学校への道を歩き始めた。

「どうだあの被検体の様子は」
「今のところ顕著な異常は見られません」
「精神に異常をきたしていない被検体は貴重だからな、注意深く観察するようにな」
「はい。引き続き常に自分が何者かに監視されていると感じるように暗示をかけておきます」
「うむ。……やはり人間は何者かに監視され続けていなくては善人として生きられないのだ。そのことをこれからも証明し続けなくてはな」
 そう会話する二人の様子を頭上の監視カメラがじっと見つめていた。

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「みつめるもの\目\ヒロ」への4件のフィードバック

  1. 相互監視社会への風刺ですかね、まるでソ連のKGBのような怖さを感じましたね。壁に耳あり障子に目ありとはまさにこのことですね。

    誰かに見られている恐怖感って、なくそうと思ってもどうしても感じてしまうんですよね。怖いです。

  2. 書かれていることは怖い、というか奇妙なことなのだけど、いまいち勢いというか、迫ってくるものがないせいか、ポヤーンと呼んでしまった。わりとこういう話はあるきがするので、表現を磨くべきかなあ、と。

    見られてることが生きやすさにつながる過程はよく書けていたと思います。

  3. 設定というか、最後のオチのつけ方もそうなんですが個人的には結構ツボで、尚更漠然としすぎているのがもったいなかったです。語り手が普通に日常を送っているゆえの怖さではありますが、その設定が文章に引き込む他の要素の邪魔をしているのかもしれません。

  4. 背筋にぞわっときました。
    最後の監視カメラの描写が良いですね。どうやって暗示をかけているのか、とかもう少し文量があれば読んでみたいです。善人でいられても精神に異常をきたしていたら元も子もないのではないかと思います。

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