見る見られる/目/シュウ

僕の父親はシラスが好きではないらしい。なぜだか訊いてみると、

「無数の目がこっちを向いていて、見られているようで、何だかいい気分がしないから」

と、言う理由らしい。確かにまじまじとシラスを見てみると、無数の目と目が合っているような気がしてくる。こっちが見られているような気さえしてくる。意識し始めたら、白米の上にのせて食べるのも、いい気分ではなくなってくるのだろう。

向かい合った人と目と目を合わせて話すというのがあまり得意ではない。できないというわけではないし、一対一だったら、極力目を合わせて話すようにはしているつもりではあるが、得意ではない。得意と胸を張って言える人なんて、そうそういないのではないだろうか。じっと目を見て話していると、相手の目に吸い込まれそうな感覚がしてくる。相手の目を見るということは、見られているということをいつも以上に意識せざるを得ない。『目は口程に物を言う』という言葉があるが、相手に探られている気がしてしまう。そうすると、何だか耐えられなくなって目線を切ってしまう。ふいに目線を切られた相手はどう思うかなと考えると、なんだか申し訳ないような気持ちになってしまう。

『目は口程に物を言う』と言えば、作り笑いだと目が笑っていないというのはよく知られていることだろう。先日読んだ本の中で目が発するサインについて述べられていた。例えば、目をふさぐという行動、ただ目を閉じるだけではなく手でふさぐというのも、不愉快なことに直面したときに思わず出てしまう行動であるらしい。ただ、目だけを見ていても相手の気持ちを読み取れるかと言ったらそうではない。それに伴う相手の表情から見分ける必要があるそうだ。

確かに『目は口程に物を言う』が、結局物を言うのは口であり、感情を伝えるのは言葉と表情である。どうやら、この言葉に思っていた以上にとらわれていたようだ。目を見るということを意識しすぎたために、見られているという印象が強くなってしまっただけということである。シラスの目もわざわざ意識しなければ、全体を見ていれば、見られているという印象は受けまい。結局は僕の見かた次第なのである。

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「見る見られる/目/シュウ」への4件のフィードバック

  1. シラスの目、確かによく見ると怖いですよね。金魚の稚魚が孵化したあとはしばらく申し訳なくなって食べられませんでした。
    見ることと見られることについてエッセイ(でいいんでしょうか?)でしたが、なんだかこう、小ぢんまりと小綺麗に纏まっている印象があります。小綺麗って褒め言葉になりますかね?
    結局「見られている」と感じているのは自分なので、要するに世界は自分の思う通りのものにしかならないんだろうなと思いながら読んでいました。これをポジティブに使うかネガティヴに使うかで人生変わるんだろうなあと思いましたが、ネガティヴにしか使えない人に救いはあるんでしょうかね。どうやったら人間って幸せになれるんだろう……。

  2. 死んだ魚の目とは言いますが、それがあんなに大量にこちらに向けられているのは、確かに恐ろしいですよね。

    人間にとって最重要な器官である目ではありますが、結局「目」それ自体は単なる感覚器官であって、真に「見る」ということは脳の活動、意識のレベルであることを、我々はしばしば忘れているような気がしました。

  3. シラスの話で始まり、最後にその話題を回収する形をとっているのはとてもきれいだなと思いました。目は口程にに物を言うという体験を実際にしてその言葉について述べてきていたのに最後は結局、目はあまり関係ないといったような結論に落ち着いてなんだか置いてきぼりにされたような感覚になってしまいました。

  4. シラスの導入がおもしろくて可愛いんだけど確かに!という感じで好きだった。
    「目」で何を書こうかといろいろ調べていたとき、「他人の目を10分間見続けると幻覚が見えることが判明」とかいう記事を見つけた。やったわけではないので真偽は分からないが、自分の目でも同じようになるらしい。「目」は単純に見るだけのものではなくて、確実にそれ以上の意味を持つのだと思う。「目を見て話せない」というのも、ごく自然なことなのではないか。

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